La Parfumerie Tanu

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- The Essential Guide to Classic and Modern Classic Perfumes -

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Cuir Cannage (2014)

A Gentleman Takes Polaroids chapter twenty five :
Gentleman and hand in leather glove
 
立ち上がり:かなりアルコール臭強し。甘さはあまりない。しょっぱなから革の感じが強烈です。
昼:ここに来て甘い香りが出てきました。タバコみたいな感じもあります。
15時くらい:革の香りはこれまでの中で一番強いかもしれない。この時間までまだかなり強く香ります。
夕方:うー。かなり強烈でしたな…似合う人は似あうのでしょうが。
ポラロイドに映ったのは:SPKの「Metal Dance」のジャケット
 
Tanu's Tip : 
 
長い長い夏が終わり、秋を満喫する間もなく、足腰には既に初冬の冷えすら感じ始めた10月の終わり。秋冬の装いに欠かせない小物といえば手袋ですが、手を美しく彩る革手袋は、たいして温かくもないけど瀟洒で憧れのアイテムですね。蛇足ですが’Hand in glove'といえばザ・スミスのデビュー曲ですが、歌詞対訳で「手袋に包まれた掌」と訳されている事がありますが「ぐるになって悪事を働く、共謀する」というれっきとした熟語です。今回はそんな革手袋と香りに想いを馳せて「革手袋のジェントルマン」と題し、2018年2月のますらおぶりな「レザー・ジェントルマン」とは一線を画す、しなやかで柔らかなレザーノートの香りを3作ご紹介します。
 
まず最初は、ジェントルマンコーナー2018年8月「夏のバラ色ジェントルマン」後編でも名前が登場した、メゾンクリスチャンディオールのキュイール・カナージュです。全く予備知識も心の準備もなしに初めて嗅いだ時、眼から火花が散るほど驚いたキュイール・カナージュ。何故そんなに驚いたかって、第一印象がまるで戦前かと錯覚する程、現代の作品とは思えないクラシック感に溢れていたからで、特定の香りというよりは、手持ちの中で言うとキャロンのアナヴィヨンやコティのロリガン、ジャン・パトゥのオポポナックスを多用した戦前品…その辺りの記憶がだんごになってかぶさってくるような、もう会えないと思っていた友達が、案外元気で頑張っている姿を偶然見かけたような気分になりました。調香は、他のメゾンクリスチャンディオールシリーズ同様、専属調香師であるフランソワ・デュマシーが手がけています。
 

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キュイール・カナージュ EDP 250ml 現在は中東専売

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キュイール・カナージュはディオールのレザーバッグ、レディ・ディオール(写真:480,000円、税抜)に用いられている縦横斜めに入れた有名なステッチモチーフ、カナージュをテーマにしており「レザーバッグの中から立ちのぼる花の香り」のコンセプト通り、ローズ・ジャスミン・イランイランといったフローラル香水の王道をいく主軸に、幾度もなめした薄くしなやかなレザーと、手袋をはめた手の体温が表面まで伝わりきっていない、ひと肌より気持ち冷たいアイリスとバイオレットが滑らかに重なり合う、退廃的でありながら甘えたところのないパウダリーなフローラルレザーです。渋みのある甘いタバコの香りをくゆらせているような、少し危ない習慣性のある成人指定の美しい香りで、バーチタール、ケイド、ジュニパーをアクセントにしているせいか、レザーノートの中に少しだけバイキンバイバイ系の清浄感があり、その辺もクレオソート系の香りを散見する戦前のクラシック香水を彷彿する所以だと思います。トップからラストまで持続も良く、それほどドラスティックには展開せず最初の印象を保ったまま、つまりはめた手袋に体温が伝わって温まり、柔らかくなっていく感じです。ベースにバニラやトンカビーン、レジン系の甘み成分を前面に出さず、花香料の甘みが中心なので、甘くはあっても甘すぎず、レザーとフローラルのバランスが絶妙で、色でいったら写真のレディ・ディオールのような、ダークなキャメルピンクといったところでしょうか。
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戦前のクラシック香水は、21世紀の現代において順調に駆逐が進んでいます。今年LVMHの買収が発表になったジャン・パトゥも、ブランドの代名詞だった「JOY」という名称の使用権をディオールに委譲、すぐさまディオールの新作としてこの夏「JOY」が登場、なまめかしく豊潤なパトゥのジョイとは似ても似つかないシュガーピンクの香りが出てきたのは想定内でしたが、それよりもこういう形で名香ジョイの尊厳が傷つけられ、二度とこの世に戻れない引導を渡されたのが、何より口惜しく思いました。なぜそこまでしてジョイの名を新作につけたかったのか理解に苦しみますが、こういうクラシック作品に対する礼儀に欠けた扱いは、なんのDNAも引継いでいないどころか、クラシック作品の名前を拝借しなければ話題も作れない「弱い」新作しか出せない、マーケティング偏重なメインストリームブランドの企画力の劣化を露見するだけですし、今後も度々遭遇する事でしょう。 

その一方で、新作ジョイを出したブランドと同じディオールが、ラグジュアリーラインではありますが、こうして戦前のヴァイブを醸し出す作品を21世紀に新作として出してくるのは嬉しい想定外で、何度も嗅いでいくと香りの透明感や解像度の高さは決して戦前の香りではなく全き現代の香りなのですが、それでもクラシック香水ファンの慢性的欲求不満を解消してくれる悦びがあります。個人的にも、今年購入した香水ベスト5に入るほど気に入っています。ただし、日本では売れ行きが芳しくなかったと見えて既に終売、本国フランスでもこんなにいい香りなのに今年在庫限りで販売終了し、現在は中東専売品となっています。中東にお出かけの御用がある方、もしくはお知り合いのある方は、是非キュイール・カナージュをお土産にリクエストしてください。

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ちなみにこのキュイール・カナージュとよく似た香りで、セルジュ・ルタンスのキュイール・モレスクがあります。キュイール・カナージュのなめし革に少しだけ取りきれない毛が生えている、革なめし工程2個手前、みたいなアニマリックな風情が雄々しい濃厚なフローラルレザーで、こちらも後逸つけがたいおすすめの香りです。ただしキュイール・モレスクもパリのパレ・ロワイヤル本店のみ取扱商品なので、日本における入手性が低く、代替品にはなりません。そして肝心のポラロイドに映ったのは、ジェントルマンの辞書にある「革」のイメージが貧困なのか、麗しきなめし革でも、香水の黄金時代でもなく、80年代インダストリアルノイズ系バンド、SPKのアルバムジャケット。そりゃないぜジェントルマン…
 
 

 

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