La Parfumerie Tanu

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The Three Madama Butterflies in Japan and the world : Madama Butterfly (2008), 1904 (2014), Cio Cio San (2015)

世界中で愛されているプッチーニのオペラ「マダム・バタフライ」。オペラを見たことがなくても、名前くらいは誰でも知っている悲劇のヒロインです。オペラに全然興味がないので実際に見たことはありませんが、話としては①19世紀末、明治半ばの長崎を舞台に、15歳でアメリカ軍人・ピンカートンと結婚 ②母国へ去ったピンカートンをひたむきな愛と希望で3年間待ち続けるも ③米国人妻との対面で全てを悟り、名誉ある死を選ぶ、という内容ですが、プッチーニ自体長崎はもちろん日本に来たことはなく、元々アメリカ人戯曲家のデヴィッド・ベラスコ作の英語劇、蝶々夫人に強烈インスパイアされたプッチーニは「俺も蝶々夫人やるべ」と、当時の在イタリア日本大使館夫人に根掘り葉掘り日本事情を聞き出し、あとはレコードや資料をかき集めて脳内妄想特急で書き上げたため、モチーフに若干中華が混じったり、時代劇のクライマックス的噴飯メロディは、一日本人としては失笑を免れないものがあります。劇団四季のミス・サイゴンの元ネタでもあり、白人至上主義でいうところの耐え忍ぶ現地妻ものとしては最も人気がある作品なものの、この長崎という舞台が曲者で、マダム・バタフライ関連の海外記事に挿入されている写真を見ると、まず確実に京都や浅草の行燈ぼんぼり、ああ勘違い系なのも重要な残念ポイントです。


蝶々夫人篇(1971年) - 桃屋のり平アニメCM 私の中で蝶々夫人の原風景はここです

初演は1904年ですが、不思議なことに21世紀に入り、悲劇のヒロイン・蝶々さんを題材にした香りが海外で立て続けに3作も発売されています。発売順に

・Honour (2011, Amouage)
・1904 (2014, Histoire de Parfums)
・Cio Cio San (2015, Parfums MDCI)

となります。ちなみに蝶々夫人物はもちろん国内メーカーも製造発売しています。まずは「日本の蝶々さん」をご紹介させていただきます。

Madama Butterfly (2008) by Shiseido

ちなみに蝶々夫人物は日本でも発売されており、長崎観光のスター選手である蝶々夫人を題材に、一般社団法人長崎国際観光コンベンション協会と資生堂が共同開発したご当地フレグランス、マダム・バタフライ(2008)は10年たった今でもロングセラーで、少し陰のあるローズと桜や梅など日本の春を彩る花の香りが穏やかで親しみやすく、50mlで2,800円(税込)と超コスパがよいので、気軽に普段使いできる価格かつ資生堂クオリティで、暗めのローズブーケが欲しい方にオススメです。ソープやハンドクリーム、香りのあぶらとり紙などトータルで揃い、グラバー園や蝶々夫人の舞台、出島で販売されている資生堂のご当地物でも人気の作品です(通販あり)。ストーリーのどこかを切り取ったのではなく、あくまで一人の美しい女性の姿を、バラをモチーフに日本の花で表現した、という風情の作品です。

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マダム・バタフライEDP50ml (写真: 長崎国際観光コンベンション協会HPより)

Honourは、チュベローズとガーデニアが主軸の濃厚なホワイトフローラルですが、店頭で試香した事があるだけなのでここでは割愛し、発売年としては逆になりますが、ストーリー順に2作ご紹介します。

 

Cio Cio San (2015) by Parfums MDCI

長らく香粧品業界に身を置き、没個性な商業ベースの製品に辟易していたクロード・マーシャル氏が2006年創業し、小説や戯曲、果てはマーシャル氏自らが訪れた街の記憶をテーマに、現代を牽引する腕利き調香師に依頼し、採算度外視で自由に香りを作らせるブランド、パルファムMDCI。昨今のニッチ系ブランドとは真逆の「SNSなし、広告なし、創業者メディア登場なし」の一貫したストイズムとは裏腹に、非常に親しみやすく、かつきめの細かい丁寧な香水作りは、あの頭付きボトルを横においても一目置かれています。しばらく新作が出ませんでしたが、今年に入り新シリーズ The Paintings Collectionが登場、いきなりメンズ3作だったのでちょっとひるみましたが、今後さらにメンズ2作とレディス3作が同シリーズで予定されており、目が離せません。このシリーズにはボトルにポートレートのラベルが添付され、すでにボトルには頭がついていなかったので、MDCIも中身でゴーに方向転換をし始めているのかもしれませんが、いずれLPTでも最低今後発売予定のレディス3作はフォローアップしたいと思っています。
さて2015年に発売されたチョウチョウサンは、LPTではピュアディスタンスのシェイドゥナや、ジャック・ファットのグリーンウォーター復刻でおなじみのセシル・ゼロキアンが手掛けた、瑞々しく鮮やかなフルーティ・フローラルで、桜や牡丹がほのかに香るなか、 ジューシーなユズの溢れる爽やかさをジンジャーが引締め、烏龍茶やライチなど中華要素まで漂う長崎の異国情緒を背景に、暦の季節と肌に感じる季節がずれる早春、その体感差に胸騒ぎを覚えながら愛するピンカートンを今か今かと待ち焦がれ、アリア「ある晴れた日に」を歌い上げる蝶々さんが目に浮かぶ、希望に満ちた若々しい香りです。かなり酸味勝ちなキラキラのフルーティ感が、オリエンタルの女王の異名をとるセシルさんの作風としては意外なのですが、同じお茶系、フルーツ系フレーバーを持ってくるにも中華趣味、というのが勘違いながらも中々粋な演出で、付け心地の良いライトな一作です。

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チョウチョウサン 発売当時のプロモーション写真。海外で上演される蝶々夫人は基本的に現地の女優さんが演じるため、このように超腰高な位置に帯が来る

1904(2014)by Histoire de Parfums

南仏生まれのモロッコ育ち、底抜けに明るいヒゲのオーナー調香師、ジェラール・ジスラン氏が2000年に創業し、メゾン系作品を多数手がけるルカ・マッフェイなど数名の調香師と共にコラボレーションしているイストワール・ドゥ・パルファン。日本での輸入代理店は、ノーズショップの親会社であるビオトープと並んで日本のニッチ系をけん引するアイビシトレーディングで、一時期日本で販売が減速しましたが、昨年ノーズショップが大々的に取扱いを開始、それに引っ張られるようにユナイテッドアローズなど元々の販路でも戻ってきた感があります。サド侯爵、カサノバ、マタハリなどちょっと危ない歴史上の人物を次々に年号で現した「香りの図書館」シリーズでデビューし話題となり、その後はチュベローズ3部作、不遜な花言葉シリーズ、ただの青いボトルじゃないよシリーズと、もう勝手にやってくれ的なアンチパフューム派の筆頭ブランドですが、ウィットと本気が入り混じる題材ながら、香りは至って上質でイメージ豊かな逸材揃いです。

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1904 EDPアブソリュ 左:60ml, 右:15ml

その中でも2014年に登場し、5つの著名なオペラのヒロインをテーマに、初演年を香水名に冠した「オペラシリーズ」では、1904年ミラノ・スカラ座初演の蝶々夫人が、その名も1904としてラインナップ。フィレンツェ産オリス・アブソリュートをふんだんに使い、ヘリオトロープやサンダルウッドでどこまでもパウダリーに、かつ土台のしっかりした深みのあるフローラルです。この甘くてはかなげなヘリオトロープがアイリスに負けじ劣らず主役級のいい仕事をしていて、材木寄りに傾きがちなアイリスをいなして、毅然とした中にも心にはらはらと涙を流す脆さを垣間見させているところはさすが。我が子を抱きながら別れを告げる母の愛をアリア「さようなら坊や」で綴り、決然とした美しき蝶々さんを彷彿させる、たおやかで芯の強い香りです。色で言ったらポーセリンホワイト、日本で自決の装束は白と相場が決まっています。そしてやっぱり母の愛は粉物!偶然にも、先程のチョウチョウサンと1904の印象的なボトルは、いずれも1916年創業で初めてガラス工芸にセミオートメーションを導入した老舗ガラス工房で、高級香水メーカーの小ロット限定生産品を数多く手がけるウォルタースペルジェ社の別注品です。1904を含むオペラシリーズは、日本では手ごろな15mlサイズとHdPの基本サイズ120mlボトルデザインを鉈でかち割ったようなハーフサイズの60mlの2展開、オードパルファム・アブソリュートという濃いめのEDPですが、本国ではパッケージがオルゴール仕立てになっている豪華版パルファム、ミュージックボックスもあります。ただミュージックボックスは限定版ではないものの完全にコレクターズアイテムで、体感的にはEDPアブソリュとパルファムはさほどの違いがないので、純粋に香りだけ楽しみたいのであれば、無理して手を出す必要もない気がします。

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1904 パルファム ミュージックボックス仕様

プッチーニの妄想勝ちともいえる、日本女性の精神性や美学を誇大表現した蝶々夫人ですが、人々はその先の、時と洋の東西を超えた「愛する心」に共感し、涙するのだと思います。

1904 写真提供:イストワール・ドゥ・パルファン広報

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