La Parfumerie Tanu

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Chemists in a British small town : 4. Classic British soaps at chemists in a British small town

英国版薬用ミューズ、ライツや大衆浴用石鹸、インペリアルレザーなど、英国の香りはクラシック石鹸にあり。

 

Wright's traditional soap, with coal tar fragrance 125g
イギリス人によってコールタール石鹸の匂いは幸せな家庭の香り⁈ライツ石鹸

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よく見ると「WITH COAL TAR FRAGRANCE」と断り書きが。コールタール入ってません

 

封を切ったら隣の部屋まで飛んでくる、良い菌も悪い菌も喧嘩両成敗で全員死亡、みたいな強烈な殺菌成分コールタールの匂いは英國ノスタルジアそのもの。馴れないうちはクレゾールが若干ソフトに感じる絶叫系の消毒臭です。

この消毒臭、手洗い等に使えば確実に脳に刻まれ、記憶の引き出しを開ける必殺の鍵となる事間違いないため、コールタール石鹸を使う場面=週に一度の入浴や料理前の手洗い=幸せな家庭に結びつき、こんなに清潔ないい匂いはないと、イギリスではこの刺激臭でああ、風呂入ったと良き時代を懐かしむご年配の方が大変多いのです。
発ガン性の疑いからコールタールは有効殺菌成分としてもはや使われなくなろうとも、コールタールの匂いがなければ始まらない、言い換えればコールタールの匂いさえしていればミッション・アカンプリッシュトなコールタール石鹸の代表格、ライツ石鹸は1860年生まれの本年生誕155年。現在はパッケージに堂々「コールタール香料入り」と明記、あくまでコールタールは匂いだけで実際の有効成分はティーツリーオイルを用いていますが、それでもコールタールの匂いがするから任務はしっかり遂行中。1個£0.85(≒160円)、現在はシンプルヘルス&ビューティ社がトルコにて製造しています。英国ではどこの家庭でも使っていた人気の石鹸でしたが、1960年代を境に店頭の目立つ場所から消えて行ったそうです。 

ブーツでは、後述のインペリアルレザー石鹸と共に浴用石鹸売場の足許辺りでひっそりと、しかしながら強烈な妙香を放って盛んに存在表明していました。ちなみに石鹸生地の色からして我が日本を代表する初の国産薬用石鹸、ミューズ(昭和28年生)は匂いこそ異なりますが、まず確実にライツ石鹸のインスパイア系と思われます。

 

Imperial Leather Original by PZ Cussons 100g
ロシア公爵御贔屓の香りが原点、インペリアルレザー石鹸

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ばら売りなんて見たこと無い。だって先祖代々うちはこれだから。インペリアルレザー石鹸

 

昔々1796年、ロシア貴族のオルロフ公爵にオーデコロン調香を依頼された香水商、バーレイズが作ったオーデコロン・アンペリアル・ルッス。ターキッシュ・ローズを主軸にラベンダー、クミン、アンバーをブレンドした、当時英国で人気だったロシアンレザーの香りをモチーフにしたこのオーデコロンが、英国きっての大衆浴用石鹸、インペリアルレザーの香りとして用いられたのは、バーレイズがクッソンズに買収され、石鹸製造を始めた後1938年のことでした。 

当初はインペリアル・ロシアン・レザー名で販売されましたが、時代はおりしも第2次世界大戦前夜、由来はさておきロシアとの関係もじょじょに微妙になってきて、ほどなく「インペリアルレザー」に短縮されました。インペリアルレザー石鹸は溶け崩れが少なく長持ちすることから、物資不足の戦中戦後にかけ1950年代後半まで食料品は勿論日用品も配給制だった英国では一番人気の石鹸だったそうで、配給が終了してからもいち早くテレビCMに取り組み、主にメロドラマ番組の提供をしたことから「ソープ」「ソープオペラ」はTVメロドラマの代名詞となりました。現在では世界50カ国で製造販売されているこのインペリアルレザー、肌色の石鹸に何故か昔から切手大のロゴマークシールが貼られており、このシールが使い終わるまで石鹸からはがれないのが英国人の自慢です。香りとしては、まあ別段すんばらしくもない、しかし中々癖になるユニセックス系フローラルアンバーで泡立ちは安物石鹸の割にはクリーミー、香りの強さは日本の浴用石鹸の3割増で残香もよいので、ああ風呂入った、という気分と、風呂上がりの洗い場にも残るもんわりした香りが再度ああ、風呂入った、という満足感につながります。

主力商品がボディソープに完全移行した現在もノスタルジアニーズから継続製造されているこのインペリアルレザー、日本でいったら花王石鹸ホワイト以下、牛乳石鹸青箱あたりの立ち位置なのか、とにかく安いのでまずバラ売りはしておらず、少なくとも2個、普通は3個、サービスパックの4個入が普通です。今回ブーツで見かけたのも100gが4個入£1.79(≒340円)と固形石鹸中最安でした。現在はタイにて製造。ちなみに香水石鹸の世界で取り上げたペアーズ石鹸は1個£0.60(≒110円)。
 

Knights Castile Soap 100g
原料臭か香料か、この粉っぽさが風呂場の証。ナイツ・カスティール石鹸

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100均の石鹸と言えば、どこ製かよくわかんないLUX石鹸が3個100円で売ってたりしますが、そのノリに近いです

安い浴用クラシック石鹸と言えば、ナイツ・カスティール石鹸も忘れてはなりません。こちらはすでに個包装ですらなく、はだかの石鹸が6個パックで£1.49(≒280円)、英国版100均、パウンドランド(Poundland)では5個入がたったの1ポンド(=190円)と品質を疑いたくなる投売り価格ですが、1919年にジョン・ナイツ社が製造を始めたこの石鹸、カスティールといえば本来はオリーブ油100%で作られたものをさしますが、ナイツは堂々牛脂入り。それがいつからそうなのか、なぜカスティールを名乗り続けるのかはわかりませんが、最初はカニが高くて雰囲気だけでも味わおうとかまぼこで作った「カニボコ」が、今ではカニ0%でもカニを名乗ってがっつり市民権を得ているように、ナイツ石鹸もナイツ・カスティールがひとつの固有名詞として長年の愛用者が多く、お肌に優しい石鹸として最盛期にはKnights Castile soap, so gentle with you...というテレビCMで愛されました。原料臭なのか香料なのか、微香性とはまた違う境界線があいまいな粉っぽい匂いで、インペリアルレザーとは趣を異にする、ああ風呂入った、という気分を味わえます。こちらもむっちりした泡立ちで脂が抜けすぎず、日本には無い匂いに異国情緒を楽しむことができます。ちなみに現在の製造元、現在はFMCG1とう英国企業ですが、どうやら左前らしく企業再生ファンドの公募にリストアップされています。

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左からライツ、インペリアルレザー、ペアーズ。英国老舗石鹸三傑。イギリス人は何故かくもバイキンバイバイ系の香りが好きなのか

ペアーズ他英国石鹸については下記参照

 

蛇足ですが「薬局」を意味する「ケミスト(Chemist)」と「ファーマシー(Pharmacy)」という英語、学校ではケミストがイギリス英語でファーマシーがアメリカ英語だと習いましたが、実際のところイギリスでケミストもファーマシーも両方同じくらい薬局の看板で見かけました。実際のところブーツもフルネームは’Boots the Chemist’と呼ばれる事が多いのに、ブーツの看板には'Boots, your local Pharmacy'と書かれています。会話で口に出るのは皆さん、まずケミストの方でファーマシーと言う方には当たりませんでしたが。そこで、今回お世話になったウィットネル氏に伺ったところ「意味はまったく同じ」との事でしたが「しいて言えば、イギリスではファーマシーのほうが若干気取った言い方だ」との事でした。どうでもいいことですが、そういうニュアンスは辞書では決して拾えないので、ちょっと勉強になりました。

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