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Parfums MDCI - parfums rares, flacons precieux, Promesse de l'Aube (2006)

Parfums MDCI - parfums rares, flacons precieux

website : http://parfumsmdci.free.fr/

長らく香粧品会社に勤務し、個性のない流通品を取扱う事に辟易していたクロード・マーシャル氏(63)が2006年に興したパルファムMDCIは、フランシス・クルクジャンやピエール・ブルドン、パトリシア・ド・ニコライなど、当世を代表する有能な調香師に採算度外視で彼らの納得のいく香水を作らせ、全行程手作業のクリスタルボトルにリモージュ焼きの彫刻型ストッパーが施されたフラコンに詰め、超少量生産の販路限定にて細々と、かつ精力的に活躍しているフランスのニッチ・フレグランスブランドです。公式ウェブサイトが秀逸(?!)なので、つい筆を走らせてしまいました。

これでもかという位大風呂敷で描かれた自画自賛の商品説明に合わせ、目を疑う仰天プライスとボトルを置台に見立てた彫刻型のストッパー写真に衝撃が走ります。

MDCIの売りである、リモージュの彫刻(以後「頭」)付ボトルはEDP60ml、または75mlで1,200ユーロ。頭なしのシンプルなガラスにタッセル付のキャップがついたボトルでも、頭付と同容量(75mlまたは60ml)で225ユーロ。最近発売された「彫刻の美しさをより身近に…」、樹脂製廉価版の頭付ボトルでも350ユーロ。…全然廉価ではありません。「世界で一番高価な香水」としてギネス入りしているクライヴ・クリスチャンもびっくりの、クリスタルガラス製限定ボトル(60ml)に100mlのリフィルが2本ついて3,700ユーロ、というのもかつてあって、消費税を免税にしてくれる海外通販サイトだったら、値引きしてもらった消費税分であっさりアムアージュのアッターが買えてまだおつり、という殿様商売っぷりに脱帽です。

リモージュ版。

また、その法外な価格の大部分を占めているボトル、特に頭はクロード・マーシャル氏自らがデザインし、職人が一つ一つ手作業で仕上げ署名まで入っているそうですが、男性の頭はローマの暴君・カラカラ帝がモデルで、女性の頭はマーシャル氏の好みのタイプなんだそうで、もう好きにしてくれといった感じです。MDCIはニッチで居続ける主たる理由は、市場が狭いからではなく、とにかくボトルが大量生産できない(年間100本生産するのが限度)からなんだそうで、自慢のボトルが大きな足枷となっています。マーシャル氏の持論としては「コティがラリックと共に香水の世紀を刻んだように、香水は素晴らしいボトルに詰められていなければならない」そうですが、だからといってこのルネッサンスな頭をつけることもなかろうと「香水は中身ありき」な私にとっては、猶更面白くて仕方がないのですが、この頭、使っていくうちに鼻とかほっぺが手垢で黒ずんでは来ないのでしょうか。また、リモージュ焼きの場合洗面台に置いて(まず、こんな高価なものを洗面台に置くかどうかは別として)使う際、手許が滑って頭が割れてしまったら…ちなみに、頭は男性1種、女性1種のみで、香りによって顔や髪型が違うわけではないので、例えば酔狂にレディス8種類全部頭付で揃えたら、同じ頭がずらりと並ぶことになりますし、香りのイメージとは何ら連動していませんので、そういう意味でも少々面白味に欠けるため、余計に魅力が伝わらないのだと思います。

 

  樹脂製の廉価版。

さらに驚くべきは、MDCIはウェブサイト限定の有料サンプルも用意しているのですが、これが本製品に比べたら拍子抜けする程良心的で、白いプラキャップにタイプ打ちのラベルが貼られた、たっぷり12mlサイズのプレーンなボトルで、好きな香りを5種類選んで、EU外なら免税+クーリエ(国際宅配便)送料でたったの90ユーロ(90ユーロでたったの、と言ってしまう時点で通貨価値が完全にいかれていますが)、数年前の円高なら日本でも大一枚でおつりでした。しかも、本製品を公式サイトから購入の際は、このサンプル分は値引きしてくれるとのことで、殿様のどんぶり商売甚だしく、容量にして60ml分のサンプルに対し、本製品が60mlで安くても3倍近くすることを考えると、中身だってせっかく名だたる調香師に採算度外視で作らせた香水なんですから、ボトルのせいで売れないよりはこのサンプルサイズで本製品化した方が賢明なのではないかと、実は割と肩ひじ張らない、親しみやすい香りを作っているだけに無粋ながら思ってしまいます。

頭なしのシンプルボトル版。最初からこちらしか取扱いのないショップも

続いて、代表作の紹介です。

Promesse de l'Aube (2006)

パルファムMDCIの代表作で初出のレディス香水、プロメッス・ド・ローブです。調香はご自身も超売れっ子で、いつもどこかのデパートでボトルにサイン会をやっているフランシス・クルクジャンで、他に「後宮からの逃走(廃番)」と「シワの薔薇」の2作も同時発売しています。

直訳して「夜明けの誓い」、映画化もされたロマン・ガリーの自伝的小説のタイトルから名を拝借しています。何とも大風呂敷な名前のこの香りは、MDCIのサイトではフローラル・オリエンタルと紹介されていますが、立ち上がりは音楽で言ったらフルオーケストラのようなクラシック感のあるイントロで始まり、どんな壮大な組曲だろうと思いきや、イントロが過ぎるとなじみの昭和歌謡だった、といった展開で、ベルガモットなどのシトラスやピーチでおおっ、クラシック!と始まりますが、程なく割と普通にきれいな「シラデザンド・オーレジェール」といった風情の軽やかなピーチ様のフルーティになり、オリエンタルなムードは殆どありません。シラデザンド(ジャン・パトゥ、2013年廃番)のようなねっとり気味の甘さ(バナナアコード)や渋みは全くなく、香りがなじんでくると、まるで曙色からしらじらと空が明るくなり、やがて眩しい朝となるように、より透明感が増して、イランイランやジャスミンがバランスよく中核をなしており、落ち着きも華やかさも併せ持った終始明るいシプレ寄りのフルーティ・フローラルです。香り持ちもしっかりしていて、仕上がりの良い作品だと思います。大変つけやすく、親しみやすい香りなので、お若い方も年配の方にも幅広く楽しんでいただけると思いますが、なにぶん価格が親しみやすくないので、いい香りなだけに敷居が高く残念です。救いは、現在値崩れに崩れている廃番、シラデザンドとよく香りが似ているので、代用可能なところでしょうか。値崩れとはいえ、こちらも腐ってもパトウです。自社農園の香料を使う位ですから、不足はありません。廃番とはいえまだまだデッドストックが潤沢に流通しています。

ときに「夜明けの誓い」とは、何を誓うのでしょうか。夜明けに何かをやらかして約束するといえば「もう、おねしょはしません」でしょうか。

「もうおねしょはしません…」

画像提供:クロード・マーシャル氏(パルファムMDCIオーナー)

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