Fleur de Fleurs & Eau de Fleurs (1980), the pale sisters
ニナ・リッチより女性ものとしてはファルーシュ(1974)にあくこと6年、1980年に発売された、フルールドフルールです。 「花の中の花」という、なんとも思いのこもった名を持つフルールドフルールは、ミニサイズのセットなどで結構長らく見かけましたが現在は廃番で、海外通販などで今でも見かけるEDTは廃番前のデッドストックです。過去の名香をラリックボトルで復刻した、ラ・コレクシオン・プレステージュにも残念ながらラインナップされませんでした。マリクロード・ラリックがデザインした、背の低いボトルに花が咲いたようなストッパーのフラコンが可愛らしかったパルファムや、脇にすりガラスの花が一輪咲いている印象的なEDTのフラコンが懐かしく思い出されます。
香りとしては、ニナリッチど真ん中、といった面立ちのソフトなソフトなスイート・ ホワイトフローラルアルデヒドで、スイートとは言っても昨今流行の腹いっぱいになるようなグルマン系のあくどい甘さではなく、系統的にはアナイスアナイス(1979)、ルミエール(1984)と 同じ純潔蒼白少女系の甘さです。アルデヒドのきーんという立ち上がりはなく、スズランやヒヤシンスのまろやかさがつけるとクリームのように肌になじんで、真綿に包まれるようにふんわりと香ります。香水で「良い香りがする」ではなく「良い香り の人」になれるのは、この時代のニナ・リッチの真骨頂だと思います。柔らかいだけではなく、ベースにはシベットがキッと香り、イランイランやサンダルウッドも顔を出すので、しっかりしたデッサンの上に成り立っています。 いつも綺麗にアイロンのかかったコットンレースのブラウスにきちんとウエストを絞ったフレアスカートをはいて、ハンドバッグを両手で前に持って待っている、 ご両親の言うことをよく聞いて門限もちゃんと守るお育ちの良いお嬢さんのようなイメージで、そのイメージを失わないまま齢を重ねたご婦人の様でもあります。当時は、その後に続くニナやレール・デュタンに比べると若向けに思いましたが、今香ると ドライな甘さで一本筋の通った媚びない潔さすら感じます(余談ですが私はお嬢様でも何でもないのに親が厳しくて大学入学まで門限6時、31歳で実家を出るまで社会人になっても門限10時でした。それはもう、友達づきあいは大変でした)。
ただ、フルールドフルールが生まれた80年代は、のちに香害をまき散らし、香水嫌いを増やした結果、その後の主流が水とも柔軟剤ともつかないような香調にシフトしていく反動を産んだ「大柄系」が大挙して世に出た時代でもあり、こんな真綿に包まれた 清らかなお嬢さん的なフルールドフルールは、後に続くジョルジオ(1981)、ココ(1984)、 プワゾン(1985)にむげもなく土足で踏み込まれ、彼氏も取られてしまった感があり、上記の大柄系はひとつも廃番になっていない事を考えると、フルール、可哀そう…とちょっと同情してしまいます。
ロベール・リッチ在世時の香りとしては、ニナ(1987)に次いで新しく、彼氏を取られたとはいえ結構頑張った方で流通量も多く、今でも比較的容易に入手できますので、出物がありましたら、ぜひお試しいただきたいと思います。PDTとEDTは持続時間だけが異なるだけで香りの印象は変わりません。
続くオードフルールは、フルールドフルールと同時発売された、ニナ・リッチ80年代清純派姉妹のお姉さん分です。香りとしては、基本的にフルールドフルールと印象が似ているのですが、より ドライで大人びた印象を受けるグリーンフローラルシプレで、ダスティなトップノートから、いつまでもお風呂上がりのほわほわした心地よさを感じるような、さわやかな淡色のブーケとグリーンが香ります。つけていて痛感したのが、資生堂の花椿(1987・花椿会50周年感謝品)にかなりの類似点を見出すことができた事で、 当時の資生堂の香粧品に多大なる影響を与えた香調であると思います。昭和の資生堂の香りがお好きな人には、間違いなく心地よい香りだと思います。また、フルールドフルール程のクリーミー感はなく、シプレベースで甘えたところのないすらっとした清楚な印象なので「お姉さん」という訳です。グリーンシプレという点ではイグレック (1964)、クリマ(1967)も遠縁にいそうですが、彼女らよりさらに控えめです。 かといって持続が弱いわけではなく、細く長く、優しく香ります。
ただ、控えめで自分から前へ出ていくようなタイプではないのは妹と一緒で、このお姉さんも、お手製のコットンワンピースを着てさらさらのロングヘアにノーメイク、爪はきっちり切り揃えて妹以上に木陰から好きな彼氏を見つめているタイプで、 その後やってくるココだのプワゾンだのジョルジオだのに全部持っていかれて 「お嬢さんはこれだから困っちゃうのよね」と笑い去られてしまいます。
フルールドフルールには濃度違い(P,PDT,EDT)が幾つか有りましたが、オードフルールは 当初フルールドフルールのレジェール版という位置づけだったのか、探した限りではEDT以上の濃度は見当りません。また、フルールドフルールは結構息が長く、最近までニナ・リッチのミニボトルセットにも登場していた位ですが、オードフルールは妹の影に 隠れてひっそりといなくなってしまいました。海外では、本気でオードフルールはフルールドフルールの濃度違いだと紹介されている時もあり、ボトルも当時のニナリッチ汎用型、何とも影が薄く、いい香りなだけに少々涙を誘います。
オー ドフルールは、まだニナ・リッチが今のような「子供向け」ではなく「女性向け」 だった時代の、奥ゆかしい香りそのものです。今、こういうイメージの香りの女性は、絶滅危惧種ですので、なかなか街では出会うことはないですが、私が子供のころの女性は、 結構こういう香りがしていて、昭和の半ばまでの映画やテレビ番組に出てくる女性の話し方がたとえ悪い女でもゆっくりで言葉が分かりやすく、品があったのを思い出しました。
オードフルールEDT,フルールドフルールPDT