La Parfumerie Tanu

- The Olfactory Amphitheatre -

- The Essential Guide to Classic and Modern Classic Perfumes -

無断転載禁止

Shiseido domestic perfume lines 1

Memoir/メモアール(1963)

現在販売されている定番のオーデコロンで、一番古くからあるのはこのメモアールです。1963年に10mlのパヒュームが1,000円にて発売後、1990年にパッケージを一新、ラインナップはパヒューム、オーデコロン、ファンシーパウダーとなり、その後2009年にパヒュームが廃番となりました。

メモアールはリニューアル時でパヒュームが2,100円、オーデコロンとファンシーパウダーが共に1,575円(税込)ですので、資生堂が定番の香水に関してはドルックスなどと同じく、発売当時の価格からあまり値上げしていない事が分かります。ちなみに1963年当時の貨幣価値は現在の10倍ですので、現在は低価格帯に位置する定番の香りも、発売当時としては決して安価なラインとして発売された訳ではありません。

ローズとヘリオトロープが主軸とされるメモアールですが、何かの香りが突出する事はなく、当時日本でも人気の高かったニナ・リッチやシャネル(当時のラインナップはまだエルネスト・ボーの作品だけでした)の基本的な香調の印象をシンプルに再構成したような、到ってクリーミーなフローラル・アルデヒド調で、22番やカプリッチを彷彿としながらも、日本の風土にあった体に香りがこもらない塩梅で柔らかくパウダリーに香ります。時折はっとする程オロナイン香がするので、その手がお好きな方にはたまりません。オーデコロンとパヒュームを重ね付けすると、一日甘くやんわりと楽しめますし、オーデコロンだけでも全身にスプレィすれば、オードトワレ程度の底力があります。パヒュームはきちんと重さと骨格があり、この甘さとパウダリー加減がローズとヘリオトロープと言いたい所なのだろうと体感できます。

発のモア(1969)と類似点は多いですが、メモアールの方が立ち上がりのアルデヒドが控えめで、全体的に甘重く、若干の脂分も味として感じます。

  

メモアール パルファムとオーデコロン

Koto/琴(1967)

メモアール(1963)に続き発売された禅(1964)が海外でも大ヒットしたのを受け、日本風の意匠で1967年に同時発売された舞と琴のうち、値頃な価格帯で発売された琴は、1990年のパッケージリニューアルを経て、ラインナップはパヒューム(2,100円)、オーデコロン(1,575円)、ファンシーパウダー(1,575円)となり、その後2009年にパヒュームが廃番となりました。メモアールと同じ経路を辿り価格も同じです。

驚くほど愚直なシプレで、つけた瞬間立ち上るダスティなグリーン寄りのトップノートが和らぐと、すぐに重たげなパウダリーノートが加わります。香調にミュゲやガーデニアとありますが、フローラルパウダリーシプレという渾然一体となった印象しかありません。ただしそのパウダリーもチョーク系というか、かなりマットな粉っぽさで、手離しに爽快ではありません。影、例えば伏せ目がちなまつげの影のような微妙な暗さと色白のもっちりした肌を彷彿とする奥ゆかしさがあり、現行の資生堂の定番オーデコロンの中では一番昭和のクラシックを感じます。発売当時ですら新しい香りではなかったと思いますし、この、ある意味絶滅危惧種系のシプレが21世紀も11年を過ぎてなお廃盤とならない所は、ニーズがあるからでしょうがある意味資生堂も凄いと思います。

ある日勤務先そばの郵便局に行くと、年の頃は60位の、ディバインが松坂慶子に擬態したかのような、あるいはミッツ・マングローブのお姉さんのようなごつい郵便局員の女性が応対してくれて、動くたびにふわりというよりはぶふぁっ、とどこか陰のある重い粉物系のシャージが溢れ、中々にお似合いで香りも良かったので、さぞ往年のクラシック香水を浴びるようにつけているのだろうと恐る恐る何をつけているか尋ねた所「良く聞かれるんだけど…資生堂の琴よ。化粧品店で取寄せているの。皆さんにお褒めいただくのよ。オーデコロンにファンシーパウダーを重ねづけしているのよ。お奨めするわ」との事。オーデコロンでもボディパウダーを重ねづけする事で、それだけのシャージが出せるのも驚きでしたが、この安価なコロンを取寄せてまで使い続け、しかも堂々と香らせている彼女の迫力に、感動を覚えずにはいられませんでした。

More/モア(1969)

琴に続いて発売されたモアで、暫く続いた和風指向はひとまず終わり、価格帯もメモアールや琴より少し高めの設定となります。モアは珍しくテレビCFが残っていて、昨年エイベックスから発売された資生堂のCF集にもオーデコロンのCFが収められていますが、何故か物凄くハードボイルドなCFで、歌は野太い男声、映像はかなり引きで撮った空撮で誰かが走っていく姿。その映像が香りにどう結びつくのかはつける人と嗅ぐ人の感性に任せるとして、最後に価格が出るのですが、驚く事に現在の定価と同じ2,500円で、40年以上値上げしていない事が分かります。モアも他の定番品と同じく2009年にパヒューム(9ml、3,675円)が廃盤となった後のラインナップはオーデコロン(ボトル2,625円/ピュアミスト3,150円)、ファンシーパウダー(1,575円)となりました。ちなみにモアのファンシーパウダーは40gのルースですが、メモアールと琴は110gのプレスドで、同じ価格でも使いでがかなり違います。

つけた瞬間、ぎょっとするほどシャープなアルデヒドで始まり、しばしきーんと来た後に、メモアールほどではないですがオロナイン香とともにきめの細かい正調フローラル・アルデヒドとなって香り立ちます。まるでシャネル5番と22番の記憶スケッチそのもので、間を取って13番か14番といったところですが、5番や22番が舶来品のお土産かデパートの高嶺の花だった時代に、モアが充分役目を果たしていた、といっては言い過ぎかもしれませんが。それだけ当時香りをつける日本人の間でこの香調が心地よく愛され、資生堂の市場調査でも好印象だったからこそ商品化したのだろうと容易に想像できます。勿論完全な模倣ではなく記憶スケッチですので、5番や22番の複雑な香調から、所々いい塩梅で舶来らしさを間引きしている印象があり、これも高温多湿の夏場につけても重くならないよう考えて単純明快に再構成したのでしょう。メモアールよりは画素数がこまかく、パウダリーといっても琴のようにマットな重さはなくほわっとしたリフトが長く楽しめます。

ちなみに、モアはそもそもがパウダリーな香りなので、ファンシーパウダーはとてもパウダーらしい良い香りで、モアは是非オーデコロンとパウダーの重ねづけをお奨めします。

モア オーデコロンとパルファム

contact to LPT