Mitsouko (1919) vintage parfum
今更ここで紹介するのもどうかと思いますが、クラシック香水の金字塔の座を譲る事は今までもこれからもないであろう、ミツコについて思い浮かぶ事柄をのべさせて頂きます。
ミツコは第一次大戦が終結するも、その傷跡がまだ癒えない1919年、ゲラン社3代目調香師であるジャック・ゲランによって作られました。 当時のゲラン社にとっても戦争は大きな痛手で、資材調達に腐心し、 ミツコを発売するにあたり新しいデザインのボトルを作成することが出来ず、仕方なくルールブルー(1912)のボトルを使用したのですが、その後ミツコが爆発的にヒットした為、両肩に渦巻きのあるボトル=ミツコ、というイメージに逆転してしまいました。経済が復調して からはミツコも他の香りも色々な意匠で展開するようになりましたが、 現在は原型に戻っています。なお、世界的セールスベースで行くと、ゲランの屋台骨はシャリマーという事になります。
ミツコは長い歴史の中で幾度か処方変更をしており、今回ご紹介するのは40年ほど前のヴィンテージパルファムです。トップノートのフレッシュさは多少損なわれている感がありますが、程なくしていかにもヴィンテージのイントロ、といった渋いアイリスや湿ったウッディノートがどんどんと顔を出し、それも落ち着くといよいよ「ミツコ」になっていきます。しかも、ヴィンテージのミツコは現行のミツコに比べ、圧倒的に隠微です。確信犯で女性のなめらかな肌と体臭を彷彿とさせるスパイシーなシプレの陰影に、何度つけても女として「負けた」と思うのは私だけではないと思います。 同時代のシャネルやキャロンに、ここまで後退りさせるものはありません。 ちなみに、現行のパルファムはもう少し明快で明暗が穏やかなフルーティ・シプレになっていますので、それほど後退りもしないですみそうです。
またミツコの主軸になる香りは、香料が何かと分解して説明できるほど 明快ではなく、すでに人格すら持っているのではないかという強烈な個性を感じます。そして、驚くほどつけている人の印象が残ります。ミツコのような強烈な印象の香りは、定番にしたいと願っても、もし自分の人生の中で誰かに 先を越されていたら、自分の中の記憶がその「誰か」とセットになってしまい、いつもその人のイメージが浮かび上がり、既に自分の定番としては成立しない事に愕然とします。潔く、その「誰か」の記憶を一生引きずって潔く生きる事が肝心だと思います。私自身、既に退社した勤務先の先輩がミツコを使っており、辞めて何年も経つのに、いつつけても彼女の姿が蘇り、自分の香りにはなりません。 ミツコを知ったのも彼女だったし、立ちはだかるのも彼女です。残り香の記憶というよりはトラウマに近いものを植付ける力がミツコにはあります。
ミツコ ヴィンテージパルファム