dream come true with Maison Violet
2017年11月-ある晩秋、何かでメゾン・ヴィオレ復興の記事を読み、すぐに公式サイトにコンタクトを取ったのが、今のLPTとヴィオレの始まりでした。
当時、調香学校を卒業したばかりの青年3人が、19世紀に誕生し狂騒の20年代に栄華を極め、時代の趨勢に押し流されたブランドを復興させたというニュースに大いに盛り上がったもので、彼らに会うのは私にとって長年の夢だったのですが、その夢が遂にこの5月パリで叶いました。
7年間連絡を取り続けているアントニー・トゥールモンドさんとポール・リシャールさんと、ヴィオレ製品も置いているパリの老舗デパート、プランタンの屋上カフェで待ち合わせ。二人は大の日本アニメ好きで、特にアントニーさんは子供の頃からNARUTOの大ファンだと聞いていたので、出発前に売っていたUTアーカイブのTシャツを、ヴィクトリアン・シロさんの分も合わせて3人分、NARUTO2種、残りは適当に柄で選んでBLEACH1種をお土産に持参したところ、ポールさんの目の色が変わり「俺、BLEACH大好き!原作の漫画全部読んだ。アニメの千年血戦編も去年からまた始まったよね!」消去法でTシャツを選んできただけで、BLEACHのブの字も知らない私は返す言葉もないジャブの往来に玉砕。アニメを通じて親日派でもある二人ですが、なんとポールさんは今年日本へ遊びに来る予定で、航空券も買っていたところ、奥さんのご懐妊がわかり、母子の健康第一で来日を断念したそう。「子供が小さいうちは、当分行けそうにないけど…でも必ず行くよ!」
快活によく話すポールさんと、控えめでおっとり目のアントニーさんは、いい感じで凸凹コンビで、話はアニメから日本の食べ物の話になり、
ポール 俺ヤキトリ大好き!牛肉のチーズ巻(Yakitori Boeuf au Fromage)がフランスで大流行していて、どこの寿司屋や日本料理店でも必ずあるんだけど、日本でも人気なの?
-え、これって日本じゃ焼き鳥って言わないですね。見た事ないですが…
ポール これこれ(スマホで写真を見せてくれる)
アントニー 僕は食べないなあ…
ポール (フランス語で、おそらく)お前はな!!*
*アントニーさんは数年前からヴィーガンになり、肉魚は勿論、卵や乳製品も食べなくなりました。また私に合わせて会話は上記以外は英語でした
ポール ところで、フランスの食べ物は大丈夫?
-何を食べても美味しいですが、食べれば食べる程懐が寒くなるので、ホテルのお向かいのスーパーに頼りっきりです。
ポール フランスでは、6本パックとかのミネラルウォーターをばらして、店内で飲んでもいい。飲んだ後に会計すればいいので便利だよ。果物もそのまま食べて後で払えば大丈夫。でもパイナップルはそこで切ったりはダメだけどね!アハハ❤(大きくすべる)
アニメと焼き鳥の話がひと段落した後、ようやく香水の話になったのは、そろそろ解散予定の時刻…
ポール 俺たちとは、いつからやり取りしてくれてるの?
-2017年11月ですね。私から、ヴィオレの公式サイトにサンプルの取扱があるか問合せをしたのが始まりです。
ポール え、ブランド立上げが2017年9月だから、何、たった2ヵ月後に連絡くれたんだ?もう、同時スタートって感じだね、すごい縁だなあ…
-それだけ、ヴィオレは最初から世界の注目を集めていたから、私の眼にも止まった訳ですが、ブランドの成長をずっと追う事が出来て幸せです。それで今年は初めての大きなリブランディングを行うんですよね。
アントニー そうなんだよ。今までのエリタージュ75mlボトルは、ソリッドなデザインだったので、縁にクラックが入りやすく、廃棄品が多く出るのが問題になっていたんだ。またガラス使用量も多くて重量があり、輸送時に発生する二酸化炭素量を考えると環境負荷が大きかった。そこで、サイクルシリーズに採用している、イタリア製ボトルは軽量で、ガラス使用量を50%抑える事も出来るので、この素材で50mlと100mlの2サイズに変更したんだ。それに、以前のデザインより手に馴染んでスプレーしやすくなったんだよ。リフィラブルタイプにもなったので、ゆくゆくはリフィルも発売して、ボトルを使い捨てないで済むようにしたいと思っているんだ。
-ヴィオレは、往年のブランド復興と今を生きる為の環境負荷削減という、あまり接点のないベクトルをうまくマージしていますよね。
アントニー ところで日本ではどんなブランドが流行ってるの?
-うーん、まあメインストリームならジョーマローンとか?ゲランとか?あとトムフォードとか…
アントニー なんだ、フランスと同じだね。
-あ、でもニッチ系だと日本特有の現象として、アルゼンチンのとあるブランドが日本ですごい人気なんですけど、フランスではどうですか?
アントニー 名前だけは聞いたことあるけど(スマホで公式サイトを見せる)うーん、見た事ないなあ…どんなブランドなの?
-そうですね、物凄い種類が多いのと、香料原料の濃度100%で限界賦香率度外視の香水とか、同じ香りをエディションと言って農産物みたいに発売時期別に売ったりしてますかね。天然香料を使うから、毎年同じものは決して作れないと。
ポール なかなかのマーケティング戦略だねえ!
-世界でも超一等地に実店舗を構えて、東京だけでも3店舗出していますが、客が入っているのは日本だけ、って、そのブランドが出店しているミラノやNYを拠点とする他ブランドの方から聞きました。
アントニー そうなんだ…あっ、そろそろ僕ら戻らなくちゃならないから…じゃ、最後にプランタンの屋上から、パリを紹介するよ!!
通り雨でビショビショの屋上で滑らないように、駆け足で右から左へと、あれが何々、あれが何とか…と説明してくれて「次は飯でも食おうよ!」と、デパート内で解散となりました。
dream come true with Pour Rêver
彼らと会った5か月後に届いた最新作、プーリヴェール。「夢を見るために」という意味のフランス語(英語でTo Dream)で、今まで復刻作を集めたコレクシオン・エリタージュに初めてオリジナル作品が加わりました。調香は一連のエリタージュ作品とサイクル002を手掛けた巨匠、ナタリー・ローソンで、奇抜さや斬新を狙わない、普遍的なやさしさの詰まったヴィオレらしいパウダリーグルマンウッディです。キーノートはヘーゼルナッツ、カカオ、バニラでアントニーさん曰く「やみつきバニラ」、私の第一印象は「弛緩系バニラ」。
奈落や未来からの香りを輩出した後は、欧米人にとって安心感の象徴であるバニラを主軸に、身近で、少し特別なナッツやリキュールを重ねた、出過ぎないグルマンです。
ヘーゼルナッツがアクセントのグルマンといえば、エンジェル・ミューズ(2016)が思い出されますが、ヘーゼルナッツとココアのスプレッドである朝食の友・ヌテラにインスパイアされたエンジェル・ミューズと違い、プーリヴェールは表面を軽くローストした生、しかも大ぶりのヘーゼルナッツがリアルにはじけ、カカオと一体化していないところが新鮮で、ナッツチョコ感が通り過ぎると、マロングラッセやラム酒のような大人の甘露系デザート香にシフトします。広義のジャンルとしてはシャリマー系ですが、プーリヴェールにはシトラスやスパイスは一切なく、ガイアックウッドの薫香以外はいたってスムーズ、鎮静系のミルラやフランキンセンス、ヴィオレトーンの要であるアイリスは脇役に徹し、ひとつのパウダリーな雲のように香ります。
美味しさで気持ちが高揚するというより、心と体が素直に弛緩する美味しさで、シトラスのバーストがあり、アンバーで包むクラシックなオリエンタル系のピラミッドを描く過去作のスケッチとは、同じバニラがキーノートにありながら、だいぶ雰囲気が異なります。香り立ちや拡散は控えめで、持続もグルマンウッディ系としては消え入り方が上品な一方で、鼻が慣れてくるのが早く、毎日使うとつける量が増えていくタイプで、そこだけ少し気を付けて、ふとした所作で腕や首元からふわっと香るバニラにとろけて欲しいと思います。
私は、今の時代に一番足りないのは何かと聞かれたら、夢だと答えます。
夢は、情報過多とスピードとトレードオフで霧散して、描いた夢もすぐに醒めるー
眠りの中に現れる無意識の楽しい夢と、意識下に抱く意思を持った明るい夢、この香りでどちらも見る事ができますように。