La Parfumerie Tanu

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La Surprise (2020)

前回のレメーに続き、MDCIのペインターズ&パフューマーズシリーズの新作レディス、ラ・スプリーズは、LPT読者の間でもファンが大変多く、先日のインスタグラムライブ配信、LPTVで行った質問コーナー、ASK LPTでもLPT未収作品の紹介リクエストが来た独立系女性調香師、セシル・ザロキアンの手によるもので、セシルさんといえば、ピュアディスタンス第11番目の新作、ルビコナが今秋発売予定で、今からじわじわと楽しみです。
 
ラ・スプリーズのコンセプトになった絵画は、18世紀に活躍した後期ロココ画家、ジャン=オノレ・フラゴナール(1732-1806)が描いた連作「恋の成り行き」の第2場面「恋の成り行き:追跡(原題:La Poursuite、1773年、米フリック・コレクション収蔵)で「恋の成り行き」シリーズは他に
・第一場面:逢引(La Surprise ou la rencontre)
・第三場面:愛の戴冠(L'Amant couronne)
・第四場面:恋文(La Lettre d'Amour)
と続きます。香りの名前は第一場面の「逢引」に由来しますが、実際の絵画は第2場面なのは謎引用。恋の成り行きで一番有名なのは第一場面であるLa Surprise ou la rencontreなので、いいとこ取りと言ったところでしょうか。 

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恋の成り行き:追跡(第二場面)フラゴナール画。イケメンにバラ一輪差し出され、キャッとビックリ一目惚れ。作者は同名のお土産香水ブランドと同じグラース出身
連作「恋の成り行き」は、時の国王ルイ15世の公妾、デュ・バリー夫人がド貧民から王の妾にまで成り上がり、王から邸宅であるル-ヴシエンヌ館を賜り、調度品のひとつとしてフラゴナールに依頼したもので、納品から1年くらい館に飾られていましたが、この妾、事もあろうに館の内装をロココ調から当時最先端の新古典主義へリフォームし「うちのインテリアに合わないから、返すわ。もう他の絵描きに新しく描いてもらったし」と納品後1年もしないうちにまさかの返品。一点ものを依頼しておいて、フラゴナールは納品時ちゃんと代金は受け取っていたのか気になりますが、フルオーダーは常にノークレームノーリターンでお願いしたいところ、狭い屋敷でもないくせに、納屋にでもしまっておけばいいものを、不用品扱いで作者に返すって、なんつう失礼な女!しかしながら当時のデュ・バリー夫人は絶大な権力を掌握し、フラゴナールは物申す事もできず、すごすご返品を受け取り、自分ちにも置く場所がなかったのか、4枚とも従弟の家に飾ってもらったそうですが、返品した翌年の1774年、ルイ15世が天然痘で崩御するやデュ・バリー夫人はみるみる失墜、フラゴナールもざまあ見ろとばかりに連作の続編にあたる「棄てられて:物思い(原題:Abandonnee ou Reverie、1790-91年、米フリック・コレクション収蔵)」をフランス革命の翌年に描き、めくるめく恋愛成就だった連作のオチを女が棄てられどっとはらい、に更新し、デュ・バリー夫人は1793年斬首刑になるも、その後フラゴナール自身も這う這うの体で没落、1806年失意と貧困のうちに生涯を閉じるという、聞いたこちらも拳の降ろしどころはおろか、振り上げどころすらない幕引きとなっています。
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左から「逢引」「恋の戴冠」「恋文」続編の「棄てられて」オーダー品につき返品不可、とはいかなかった…ちなみに続編を含む全5作は、すべてニューヨークのフリック・コレクション常設、いつかNYに行く事があったら、このレビューを思い出して欲しい
とはいえ、香りとしては、恋愛絵巻の起承転結の第2幕、いよいよこれからハジけるぞ!という絵の通り、いたって明るい香調で、一言で言えば「クリーミー・ケーレックス」。80年代後半、社会現象級の話題作として日本でも人気を博した斬新なトロピカル・フルーティフローラル、ケーレックス(1987、ソフィア・グロスマン調香、プリスクリプティブ)を真っ先に彷彿としましたが、ケーレックスほど「刺すほど」フルーティではなく、もっととろみのある、ピーチとルバーブがどこかグァバっぽいトロピカルなネクター感となってジューシーに広がります。

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ラ・スプリーズ EDP 75ml
同じMDCIで手がけたチョウチョウサン(2015)でもそうでしたが、セシルさんはフルーティ系の作品では若い恋のせめぎ合いのような躍動感を出すのが本当にうまいと思います。「オリエンタルの女王」との異名を誇る彼女ですが、王道のオリエンタルはベルガモットやレモンなど、シトラスのバーストで立ち上がる事がほとんどなので、酸味がちなフルーティノートの扱いにも長けているのは、恋の成り行き、もとい自然の成り行きと言えましょう。ジューシー感が落ち着くと、ソーピーなムスクがパチュリやサンダルウッドと重なり合い、徐々にパウダリー感が高まってきますが、レメーのシフター貫通の微粒子感と違い、シャマードのラストノートにも通じる花粉のような練白粉っぽさがあり、同じパウダリーな要素も匙加減でだいぶ違うのが面白いところです。この練白粉感はムエットでは出てこないので、ラ・スプリーズは是非肌に乗せた序破急を確認の上、恋の成り行きを追跡していただきたいと思います。やたらと持続性を狙わず、すんなりと消え入るラストも潔く、晴れ晴れしいフルーティフローラルながら拡散も控えめで、 最後は時代を超越した清楚なフローラルとなって消え入りますので、子供っぽくならず、幅広い年代の女性におすすめします。
 
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