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L'Iris de Fath and the substitutes : The Extreme Irists 1 | Scent of Hope (2014)

L'Iris de Fath and the substitutes : The Extreme Irists

前後編 -

 

今年の夏はうなぎが更に高騰し、うなぎは既に民草の口には気軽に入るものではなくなりました。そんな中、かつてカニの代用食としてオホーツクを発売した一正蒲鉾㈱が「うなる美味しさ うな次郎」という、うなぎかば焼きの代用食を発売し、土用の丑の日あたりは本物のかば焼きの横やカニボコの上段に平積みのスーパーも散見するほどの売れ行きでした。味としては、かば焼きのたれに大きく助けられている「うなぎ味の豆腐」といった方が近いのですが、ちゃんと皮と身が独立成形されており、お箸で皮が剥がれるのが醍醐味でした。9月に入り、季節ニーズのなくなったうな次郎はスーパーから姿を消しましたが、きっと来年また梅雨明け頃からうなぎヒエラルキーの底辺を支えるべく、本物のかば焼きの横に平積みされるのでしょう。うな次郎はこの夏結構愛食したので、個人的にはうな次郎の長焼きや白焼きも展開してほしい位気に入っているのですが、どうしてそこまでしてうなぎを食べたいのか、という疑問は、どうしてそこまでしてイリス・グリ(Iris Gris, 1946)を嗅ぎたいのか、というあくなき追求心に通じるものがあります。

伝説の調香師、ヴァンサン・ルベールがこれまた伝説のクチュリエ、ジャック・ファット(1912-1954、クチュリエとして全盛期の時に肺炎の為42歳で逝去)が在世中に手がけた、幻のアイリス過積載香水、イリス・グリ(1946)は、積載量によっては陰鬱な表情を見せてしまうアイリスに、フルーティなピーチをブレンドして明るく軽やかな香調に仕上げた、ジャック・ファットのファーストフレグランスです。この香調が当時としては画期的な作品で、翌年登場したグリーン・ウォーター(1947)と共に、立て続けに大ヒット。パフューマリーとしてのジャック・ファットの二大看板となりました。グリーン・ウォーターはその後も1993年の処方変更を経て、2015年には大々的にプレステージライン、ファット・エッセンシャルズ(奇しくも本年9月より㈱フォルテ扱いにて国内発売開始。ユナイテッドアローズのオンラインおよび一部店舗他)の目玉としてセシル・ザロキアンが復刻させたのはご承知の通りですが、このイリス・グリは他のファット品とあわせ1970年代に廃番となりました。ジャック・ファットの香水は創業よりロレアルがライセンス製造していましたが1992年に売却、その後幾つかの会社を経て、2000年代後半に現在のパヌージュがライセンス取得し今に至りますが、前述のとおりグリーン・ウォーターが復活したので、イリス・グリも復刻を望む声が髙かったものの、当のジャック・ファットから中々真打が登場せず、せめてどんなものだったのかさわりだけでも嗅いでみたい、または昔使っていたあの香りをもう一度、という好き物の為に模倣品が幾つも作られては玉砕報告が相次ぎました。

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イリス・グリ(左)、リリス・ド・ファット広告(中央、右)

そうした経緯を経て、今年3月ミラノで開催されたニッチ系ブランド最大の見本市、Esxenceにジャック・ファットからイリス・グリの復刻版が遂に登場しました。復刻を担当したのはメゾン・ヴィオレのチーム3名と同じパリの調香学校、レコール・シュペリエル・ドゥ・パルファムで学び、独立系調香会社・メールストロム(パリ、2017年創業)に所属する若手調香師、パトリス・ルヴィヤールで「イリス・グリ」という名前はジャック・ファットの親族が所有しており、現在ブランドの親会社であるパヌージュ社は使用できず「リリス・ド・ファット(L'Iris de Fath)」と改称しての復刻になりましたが、問題はその価格と生産量で、30mlのパルファムで1470€、年間生産量150本という、価格、販売量共にとても一般人には手が出ない代物で蘇りました。多量のオリスバターを使用していて高価になったそうですが、たかが香水で1本20万円とは驚きです。グリーン・ウォーターの再復刻で格上げできたとはいえ、もとは戦後創業したアロマオイルの製造卸で、1980年代半ばからアフォーダブルな自社オリジナル香水を発売するもぱっとせず、1995年の経営陣刷新から大きく経営方針を変え、日本人デザイナーのブランド香水やゾンビブランド復刻などコンセプト至上主義に方向転換するも、常に安っぽさが漂うシリーズものや、レトロを気取っても仕上がりが微妙に90年代フロリエンタル臭いゾンビ香水を出していたのに、今や「ニッチ成金」の匂いがする親会社のパヌージュ社はちょっと図に乗りすぎではないか、とイリス・グリ復刻の第一報にはいささか閉口したものです。さてそのEsxenceでは「今年9月ジョヴォワで発売」と大々的にアピールしていたので、ちょうど本年9月上旬に渡仏する機会のあったLPT読者に依頼し、①ボトル写真撮影②ムエット採取のためジョヴォワ本店へ足を運んでもらい、読者がリリス・ド・ファットについて店員に尋ねると「まだ入荷していない」「いつ入りますか」「さあ知らない」「あっそう」という、何ともどフランスな回答が返ってきてミッション・アカンプリシュトならず、絵に描いた餅、目の前にすら現れず状態でした。負け惜しみに、前情報で拾ったリリス・ド・ファットの香料を記録しておきます。

ベルガモット、ブルボンベチバー、ベチバー、カーネーション、ヘリオトロープ、オークモス、ジャスミン、アイリス、オリスルート、スズラン、バイオレットリーフ、ローズドメ、ムスク、ネロリ、ピーチ、プチグレン、サンダルウッド、ライラック、ターキッシュローズ、バイオレット、ホワイトシダーエクストラクト

売る気がないなら買う気もない、店頭で特別拝観料でも徴収して、ひと嗅ぎ幾らで儲ければ?的代物のリリス・ド・ファット。それではせめて近似値で幻のイリス・グリをヴァーチャル体験できないか、力の限り探してみたところ、捨てる神あれば拾い神あり、アメリカン・インディフレグランスの重鎮ブランド、DSH Perfumeのオーナー調香師で、ジ・アート&オルファクション・アワードの審査員も務めるドーン・スペンサー・ヒューイッツが、顧客の依頼により当時は幻だったイリス・グリを再現したセント・オブ・ホープを入手する事が出来ました。パルファム濃度で15ml270ドルと結構な価格帯で、他のDSH作品の中でも高額ですが、原料を考えると致し方なかったのか、一番安いサンプルサイズ(1ml,US$27)を取寄せました。実装した備忘録は以下の通りです。

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セント・オブ・ホープ パルファム15ml

Scent of Hope (2014) by DSH perfume

「香りとしては、一昔前の(サワデーなど)トイレの芳香剤(キンモクセイタイプ)にかなり近い。アイリス2:キンモクセイタイプの酸味がちなフルーティ8、といったところ。アイリスが全く主張してこない、せいぜいセント・オブ・ホープを乗せた部分に鼻を近づけると、かすかにアイリスの根っぽい香りがしないでもない。肌の表層ではアイリスを感じるが、立ちのぼる香気が酸っぱくて常に意識を持って行かれる。この酸味がピーチだとしたら、加食物の香りには到底思えない。香り持ちの良さが仇になって、一日中キツイ芳香剤の置かれたトイレに籠っているような気分に陥る。香水を嗅いで「トイレの芳香剤臭い」とこの自分が言わなければならない現実を嘆き、自分のボキャブラリーの乏しさを恥じる。自分がトイレの神様になったのではないかと錯覚する位、実装に値しない残念な作品」

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黒いキャップの瓶がセントオブホープ 他に購入したアイリス系&オマケの粉物系サンプル3種。日本へはアルコールベースの香水を発送できないので、粘度が低くスプレー可能なオイルベースのVoile de parfumに変えて送ります、との但し書き。ありがとう、ドーン!

これが、本当にイリス・グリを忠実に再現しているとしたら、リリス・ド・ファットは別の意味で近寄りがたい、いや進んで近寄らない方が良いかもしれないと思いました。引導を渡してくれた事に感謝です。DSHはジ・アメリカン・プライド(アメリカの良心)を感じさせるインディーブランドですし、オーナーのドーン・スペンサー・ヒューイッツは情熱に溢れた才能ある調香師で、国際物流対策として危険物扱いされないよう、アメリカ国外向けへの香水はスプレー可能なドライオイルで希釈して、危険物扱いにならないよう処方し、世界中に発送する工夫も凝らしていて、クラシック香水へのリスペクトも端々に感じさせる作品もあり、なかでもイリス・グリの再現と聞けば、粉物ファン、クラシック香水ファンならいやがおうにも期待が高まるのが人情というもので、非常に好感のもてるブランドだけに、この作品は残念で仕方がありません。オマケで入れてくれたPowderのドライオイルの方がよほど良かったです。

 

後編は、ジャック・ファットが三流香水ブランド脱却寸前に出した、イリス・グリのオマージュ香水と、ジ・エクストリーム・アイリストと称してふたつのアイリス過積載作品をご紹介します。

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