La Parfumerie Tanu

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- The Essential Guide to Classic and Modern Classic Perfumes -


Royal Collection : Betrothal (1893/2011) and Diamond Jubilee Bouquet (1897/2012)

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グロスミス社はヴィクトリア朝時代、ひとつは若き王子と婚約した次期王妃を祝し、もうひとつは大英帝国の象徴である女王の即位60周年を祝し、イギリス王室の慶事に2種類の香水を謹製しており、いずれも同社の代表作として名を残しています。グロスミス・ロンドンとして復興した2009年以降、奇しくもイギリス王室には2011年に次期皇太子の婚約と、2012年に今生女王が即位60周年を迎えるという、先祖と同じ道を歩ませるかのような慶事が続き、10年早くても遅くても叶わなかった「世紀の偶然」に、ロイヤル・コレクションとしてふたつのおめでたい香りが復活しました。※新旧比較の際、時代の混乱を避ける為、オリジナルのグロスミスはグロスミス社、現在の復興グロスミスはグロスミス・ロンドンと表記いたします。
 
Betrothal (1893/2011)
 
処方:メラニー・カレスティア(ロベルテ)
香調:グリーンフローラル
 
ビトゥラウザルとは聞き慣れない単語ですが、通常エンゲージメントという「婚約」を古くはビトゥラウザルといい、例えば現在でも日本の結納を「Betrothal gift」と訳すように、同じ婚約でも非常にかしこまった表現です。

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オリジナル版ビトゥラウザルフロント&バック(上)と婚礼画(下)

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オリジナルのビトゥラウザルは、のちのウインザー朝国王ジョージ5世となるヨーク公の婚約を祝し、クイーン・メアリとなるメアリ・オブ・テックにグロスミス社が謹製したもので、メアリ・オブ・テックは今生エリザベス2世の祖母、ケンブリッジ公ウィリアム王子の高祖母(ひいひいおばあさん)に当たります。新生ビィトラウザルは、チャールズ皇太子と故ダイアナ妃の長男で次期皇太子となるウィリアム王子と、民間人であるキャサリン・ミドルトンさん(現ケンブリッジ侯爵夫人キャサリン)ご成婚(2011年4月29日、ご婚約自体はその前年に発表)を祝し、キャサリン妃にグロスミス・ロンドンが謹製したもので、クラシック・コレクションは極限までオリジナルを再現することに尽力した作品の一方で、ビトゥラウザルは1893年版オリジナルの処方をもとにしながら現代的にアレンジした、グロスミス・ロンドンとしては初の新作となります。オリジナルの処方は、例えばローズなら何のローズを使うとまでは書いておらず、ざっくり「ローズオイル」としか記載されていない為、希少なヴィンテージを光クロマトグラフィーにかけ成分分析を行い、香料をひとつひとつ特定していったそうです。
 

ケンジントンパレス
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香りとしては、ボタニカルな印象のグリーンフローラルで、てその手で国を治める宿命を背負った若き王子の伴侶となる、美しく聡明な花嫁の門出を万物が祝福する香りという想いが込められているのがわかります。現代のフレグランスはミドルからラストへの展開の美しさ(序破急)ではなく、トップノートで良し悪しを評価する傾向が強く、ビィトラウザルも時流に則り、美しいトップノートを作るのに腐心したそうで、オリジナルのジャスミンとゼラニウムの割合を減らし、その代わりオリジナルにはないネロリとベチバーが加えられています。肌に乗せると、ブラック・レーベルのフローラル・ヴェールにも似た優しいグリーンフローラルに感じますが、例えば香りをつけたバスルームなどに漂う残り香が非常にパウダリーで、体感と相手が受け取る印象に面白いギャップがあるようで、もちろん肌に乗せた時の、さほどパウダリーでもない清楚なフローラルも美しいのですが、このヘリオトロープとバニラが織りなすパウダリー感が非常に美しく、初めてつけた時は驚きを隠せませんでした。底にうっすらとシベット香もあるので、顔面蒼白系のライトなフローラルにはならず、相応の厚みも持ち合わせています。

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グロスミス・ロンドン ビトゥラウザル  左からパルファム10ml、EDP50ml、100ml

ただ、せっかくグロスミス・ロンドンがご成婚を記念して謹製したビトゥラウザルですが、一般的にはご成婚時キャサリン妃がまとったのは同年発売されたイギリスの新興ブランド、イルミナムのホワイト・ガーデニア・ペタルズとファッション誌が一斉に紹介し、ロイヤルネタが大好きな日本でもキャサリン妃ネタ一発で上陸できた(過去形)イルミナムに話題をかっさらわれてしまいました。身の丈国産ブランドを率先して身に着ける努力をされているキャサリン妃も、自国の新しいブランドを盛りたてようと、有名ブランドや手の届かない高級品ではなく、敢えて新興ブランドの製品を選んでつけたのは評価しますが、傍見にもはしごを外された感のあるビトゥラウザルが、無言でさめざめ泣いているのが見えるようでちょっと可哀想な気がします。そうはいってもグロスミス・ロンドンのプレス向けカタログにはウィリアム王子とキャサリン妃のツーショットが1ページ、どーんと登場していますので「元は取った」かな、という気もします。
 
 
Diamond Jubilee Bouquet (1897/2012)
 
処方:トレヴァー・ニコル(ロベルテ)
香調:パウダリーフローラルブーケ
 
2012年、本年で即位65周年を迎えるエリザベス2世(即位1952-)のダイヤモンドジュビリー(即位60周年)を記念して、グロスミス・ロンドンがエリザベス女王のために謹製したものです。同年、2度目のロンドンオリンピックも開催されたイギリスは史上2度目のダイヤモンドジュビリーに沸き、バッキンガム宮殿前では盛大な祝賀コンサートが開催され、オープニングでは007役のダニエル・クレイグが女王陛下を宮殿までお迎えに上がり、ヘリコプターで会場へ向かい、陛下はパラシュートでお席に着く(勿論スタントですが)ーという、皇室では考えられない演出で鎮座ましましたのが記憶に新しいです。本作は同じく即位60周年を記念し、往時のグロスミス社が謹呈したヴィクトリアン・ブーケ(1897)が土台となっていますが、本年は偶然にもそのヴィクトリアン・ブーケ発売120周年でもあります。今世に蘇り、今再び女王の即位60周年に香りを捧げる事ができた誉の深さ、そこに間に合った縁の強さは、ブルック家そして先祖グロスミス家の人々以外には、多分に形骸的な偶然にしか感じられないのではと憶しますが、少しでもその心になってお伝えできればと思います。 

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バッキンガム宮殿

ダイヤモンドジュビリー・ブーケは立ち上がりからしっかりアイリスを感じるパウダリーなブーケで、シトラスのジューシーなスタートとともに、スズランや水仙の美しく抑制の利いた甘さがひろがります。やがてアイリスとバイオレットが軸となる、すべすべのパウダリーにシフトしていき、大いなる母に抱かれるような安堵感が生まれます。このパウダリーなベースはビトゥラウザルにも通じる、グロスミス流ロイヤルトーンともいえましょう。
 
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ヴィクトリアン・ブーケ(1897)とダイヤモンド・ジュビリー・ブーケ(2012)

通常、香水というものは明るさの中にも若干の影(ダークネス)があると、複雑な陰影によりその美しさは一層際立つものですが、仮にも大英帝国の主たる女王にささげる香りには、一点の曇りもあってはなりません。香りの中に邪なもの、淫らなもの、すなわち「影」があってはならないのです。その点で、ビトゥラウザルおよびこのダイヤモンドジュビリー・ブーケはそのハードルをきちんと越え「光」だけで美しく高貴なブーケを構成しています。国民が思慕尊敬してやまない女王の香りにセダクションは必要ないので、色香とか、異性を惑わす要素がない分、スクエアな雰囲気になるのは致し方ありませんが、さすがは女王陛下に差し上げるに恥じないノーブルなパウダリーフローラルは、むしろ高温多湿なここ日本では、この粉物感が心身の疲れを癒す、心の贅沢としてお奨めです。発売当初は限定品だったダイヤモンドジュビリー・ブーケは、収益の一部を即位60周年基金に充てられたそうです。
 
ふたつのロイヤル・コレクションが登場する狭間に、英BBCでは4夜連続で'Perfume'という昨今の香水事情にフォーカスしたドキュメンタリーを放送しましたが、その第3話でグロスミスがグロスミス・ロンドンとして復興し、クラシック・コレクション(当然バカラモデル)を紹介すべく、サイモン・ブルック氏がご自宅から中東へと飛ぶエピソードが登場します。BBCのサイトではオンデマンド配信が終了しており、Youtubeに残っていましたので、参考までにリンクを掲載いたします。
 
BBC four perfume episode 3 2011年11月8日放映
グロスミス・ロンドンの部分を抜粋した動画(Youtube)

 

次は、19世紀末から20世紀初頭の製品広告および見積書から、当時のロンドンと黄金期グロスミスを紐解いてまいります。