La Parfumerie Tanu

The Essential Guide to Classic and Modern Classic Perfumes

Classic Collection : Hasu-no-Hana (1888), Phul - Nana (1891) and Shem-el-Nessim (1906), revived in 2009

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グロスミス復興にあたり、多数発見された家督のレシピから往時の人気が高かったもの、グロスミス社の黄金期にあたる19世紀末から20世紀初頭に発売された香りから厳選され、今世に蘇ったのがこれからご紹介するクラシック・コレクションと称する3点の作品です。復刻に当たっては、現在入手不可能な天然アンバーグリスやムスクなどの動物性香料などを除き、最高級の天然香料を採算度外視でふんだんに使用し、極限までオリジナル処方にそって再現することを第一目標にしましたが、オリジナルの処方は、例えばローズなら何のローズを使うとまでは書いておらず、ざっくり「ローズオイル」としか記載されていないため、復刻を委託されたフランスの香料会社ロベルテのチームが、数少ないオリジナル製品を光クロマトグラフィーにかけ成分分析を行い、香料をひとつひとつ特定していき、2次元でしかない過去のフォーミュラから、さながら3Dで往時の姿を蘇らせていきました。いずれも非常に完成度が高く、特定の香料が突出して香ることはなく、それぞれが三者三様、混然一体としたひとつの「姿」として香ります。 パルファム(10ml・50ml・100ml)とオードパルファム(50ml・100ml)の2濃度展開で、うちパルファムはバカラ・コレクションとして1919年にグロスミスがバカラに製造させた意匠を復元したクリスタルボトル入りのシリーズが、グロスミスの旗艦店、フォートナム&メイソン(ロンドン)とカンポマルツィオ70(ローマ)、パルフュムリ・デクセプション(クウェート)の3店舗限定で販売されています。※下記はオードパルファムのレビューです。
 
Hasu-no-Hana (1888/2009)
 
再処方:リカルド・メルキオ(ロベルテ)
香調:シプレオリエンタル
 
”この上なく優美な日本の花が咲き乱れる、悦びの香り”
 
19世紀後半のトレンドセッターといえばロイヤルファミリー。財をなすものしか異国の地に足を運ぶことができず、エキゾチックな世界へのあこがれが一般人の間にも高まっていた時代です。中でも大英帝国が我が物にしたインド、その先のアラブ、そして遥かなるニッポンは「大英帝国3大御贔屓」といっても良いでしょう。当時のグロスミスは3大御贔屓のほかにも「チベットの香り」「セイロンの香り」など、憧れのオリエント全般に題材を求めていきましたが、復刻のトップバッターは何と日本。しかも「蓮の花」です。当時の人気挿絵画家、ウォリック・ゴーブル画による「どう見ても日本人じゃない」腰高なゲイシャガールが三味線を弾いている(バックに富士山、縁取りはハスノハナではなくフジノハナ)のはご愛敬ですが、日本だってすでに1888年といえば明治も半ば、ビールも飲めばカフェもある、6年後には日清戦争です。結構猛スピードで物事が進んでいるにもかかわらず、正しい情報量の少ない中での妄想がかきたてた異国・日本は「ハスノハナ」として美しい香りへと昇華します。
 

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ハスの花、つまりロータスフラワーというと、昨今の作風だとウォータリーなイメージを彷彿しますが、このハスノハナは、 極上のお香を薫きしめた広い部屋に通された瞬間と同じ感動を味わえる、重厚なシプレオリエンタルで、これをハスノハナというならば、仏教思想でお浄土を意味する蓮華の、象徴として内包する美を表現しているのだと思います。ドライでなベルガモットやビターオレンジで始まり、日本の香に通じる辛みや清浄感を従えたサンダルウッド(白檀)やシダーウッドに厚みをもたらすオークモス、そこに西洋香の王道、ローズ・ジャスミン・イランイランがパウダリーなアイリスと共に、泥の中から天を目指し夜明けとともに蕾を割り、なにもかも赦す蓮華のように肌の上で花開き、ラストは芳醇なトンカビーンが効いて甘露の如く残ります。しかも黙って香ればこれが2009年に市場に現れた新作とは誰も思わないであろう、物凄くコンディションの良いヴィンテージだと言っても通る仕上がりで、往年の名香を「原料のせいで作れない」は売り手の言い訳、とまで思わせてしまう出来栄えに、心からブルック氏およびロベルテのチームには頭が下がります。正しい処方、調香師の腕、ブランドの情熱があれば往時の姿で蘇ることを立証している金字塔のような作品です。
 
      ハスノハナ パルファム10ml
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女性にも男性にも荘厳に香り、和洋装いずれも礼装にふさわしい荘厳な香りですが、普段ここまで重厚な香りを使い慣れない方へのおすすめは、お手持ちのムエットに含ませ、香りのカードとしてお持ちになり、折々鼻の傍で深呼吸し、その度に胸中の毒を抜くようなリフレッシュメントとしての使い方で、EDPでもかなり香り持ちの良いハスノハナですが、ムエットの上では更に長持ちしますので、ムエット使いはおすすめです。もちろん普通に肌にのせれば、立ち居振る舞いのたびに穏やかな香気に心を洗われると思います。ポピュラーな香りでの近似値は、ハスノハナから45年後に誕生した夜間飛行(1933)のパルファムに近いものを感じますが、ハスノハナのほうが低音域にぐっと深みがあります。グロスミスのクラシック・コレクションはジャック・ゲラン(1874-1963)時代のゲランと比較されることが多いのは、憶測ですが家訓により少年期はイギリスで学び、16歳で1890年に調香師デビューしたジャック・ゲランは当時飛ぶ鳥を落とす勢いだったグロスミスの作品を素通りしているはずがなく、少なくとも頭の片隅にはグロスミスのヒット作は存在していたのでは、と憶します。
 

Phul-Nana (1891/2009)

 
再処方:トレヴァー・ニコル(ロベルテ)
香調:アロマティック・オリエンタル
 
”選び抜かれたインドの花で作られたブーケ”
 
プールナナは1891年の発売以来、1970年にグロスミスが香水製造を終了するまで一度も廃番にならなかった超ロングセラーで、名実ともにグロスミスを代表する香りでした。香水のほかにも石鹸、タルカムパウダー、フェイスパウダー、口紅、カシューと様々なトータルラインが製造され、序章でも紹介しましたが「プールナナってる(Phul-Nanaish)」という流行語が生まれたほど、イギリスでは社会現象となった香りです。
 

f:id:Tanu_LPT:20170728163758j:plain大英帝国にとって栄光の象徴だったインドを題材に香りを作る、コンセプトとしては当時それ以上のものはなかったプールナナは、ハスノハナがより甘美に生まれ変わり、またアロマティックなフジェールの要素も持ち合わせた、女性向けの香りとしては非常に個性的なアロマティック・オリエンタルで、その後に続くオリエンタル系と総称されるジャンルに多大なる影響を与えた香りです。やわらかいネロリとベルガモットから幕を開け、華美になりがちなチュベローズを穏やかに手懐けるハーバルなゼラニウムがアロマティックに拡がり、あまりフローラルな印象はありません。その一方で清浄感の強いハスノハナと比べミドル以降の展開にたっぷりとした甘さがあるプールナナは、サンダルウッドとシダーウッドが髄をなし、ハスノハナと同じベーストーンを持ちながら、オポポナックスやブルボンバニラ、シャム(タイ)産ベンゾインがふんだんに使われているため、男女陰陽を超越したハスノハナと比べより女性らしい丸みが感じられます。

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クラシック・コレクション EDP50mlボトル

 
近似値としては、エルネスト・ダルトロフ(1867-1941)時代のキャロンから1932年に発売されたアナヴィオンや、アンリ・アルメラス(1892-1965)が専属調香師だった時代のジャン・パトゥから、夜間飛行と同年に発売されたディヴィーヌ・フォリー(1933)があり、前出の夜間飛行といい、このプールナナにおけるアナヴィオンやディヴィーヌ・フォリーといい、不思議と初出から40年以上経った1930年代のオリエンタル系作品に多大なる影響を与えているところは興味深いです。
 
Shem-el-Nessim (1906/2009)
 
”アラビアの薫り
 
再処方:トレヴァー・ニコル(ロベルテ)
香調:パウダリー・フローラル
 
シェメルネッシムはエジプトで祝われるアラビアの春祭りの意で、香りとしてはそれ程中近東を強く髣髴する香りではなく、女性美が謳歌されたエドワード調のスタイルを汲む、どっしりと温かみのあるまろやかなパウダリー・フローラルで、ふんだんに使われたオリスの中でも最高級にして対価は金塊の3倍といわれるフィレンツェ産オリスバターの恩恵を強く感じる事ができます。シェメルネッシムにもハスノハナやプールナナと共通のベーストーンがあり、しっかりした骨格を持ちながらオリスのふくよかなパウダリーをよりきめ細かく整えるヘリオトロープ、甘さを引き立たせるバニラ、ムスクのバランスが非常に心地よく、色でいったらモーヴの雲に身を委ねたくなるほどの寛ぎを感じます。公式サイトではシェメルネッシムの前年に誕生したコティの代表作、ロリガン(1905)のスタイルをくむ香りと表記されていますが、ロリガンというよりは、まさしくシェメルネッシムと同年にゲランが世に出したアプレロンデ(1906)のパルファムが現存したらこんな雰囲気ではないか、とも思われます。

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現行のアプレロンデが冷涼な淡い藤色のはかなげな女性のイメージだとしたら、シェメルネッシムはうららかな春の陽光のもと、皆と明るく語らいながら美味しい物に舌鼓を打っているような、包容力のあるたっぷりとしたイメージで、のんびりとした明るさを感じます。一日中優しくふわふわと心地よく香りが持ち、3点の中では一番現代にも通じるリアリティのある、かつ女性らしい香りで、つけやすさとしては一番です。個人的にもクラシック・コレクション中シェメルネッシムが一番気に入り、シェメルネッシムだけはEDP、パルファム双方ボトル所有していますが、パルファムのほうがビターなゼラニウムを強く感じ、EDPよりも男性的な雰囲気があります。シェメルネッシムは、5年前渡英した際、ロンドンのル・サンティールでEDPを購入したのですが、購入時、肌で直接試香したパルファムがあまりにダンディで忘れられず、帰国後ドイツのファースト・イン・フレグランスの通販でパルファムを買い直した思い出がありますが、現在は残念ながらどちらの香水店も日本への発送を中止してしまいました。グロスミスに限らず、香水を引火物として厳格に取扱う昨今の航空輸送事情に伴い、 日本未発売の香水を購入できるチャンネルがどんどん少なくなっていくのは残念です。

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現在のパルファム(10ml、左)とEDP(50ml、右)のパッケージ
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参照:シェメルネッシム パルファム10ml 2012年当時のパッケージ。
内箱の手前はマグネットで前面に開き、スロープになる仕掛け
この他に外箱があります。ボトルは高さ6cmくらい。
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同 2012年当時のパッケージ、EDP50ml。
EDPの内箱にはスロープはありませんが、この他に外箱があります