La Parfumerie Tanu

- The Olfactory Amphitheatre -

- The Essential Guide to Classic and Modern Classic Perfumes -

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Chypre d'Orient (2007)

立ち上がり:爽やかな香りに隠れて背後に濃厚な何かが潜む
 
昼:爽やかさは背景に消えかなり濃厚な香りが前面に出てきた 少しトイレの芳香剤系な感じも
 
15時位:かなり落ち着いてきました。これ位なら良いかも
 
夕方:悪くないです ここまで薄くなると そこまでが長いんですが・・・・
 
ポラロイドに映ったのは:焦って閉まりかけのエレベーター乗ったら そこには浅黒い顔して夏でも長袖の男が・・・
 
Tanu's Tip :
 
シプレ系の原点と言えば、1917年に発売されたコティのシプレがルーツと言われています。ただし前回ご紹介した、オリザ・ルイ・ルグランのシプレ・ムースは1914年発売とコティのシプレより3年早く、調べてみるとシプレと名のつく香りはコティがシプレを出す以前から幾つかあり、シプレ・ド・パリ(1909、ゲラン)、シプレ(1912、ドルセー)など当時第一線かつコティより老舗のブランドが、香調はさておき一足お先にシプレを題材にしています。まあ、ネーミング後発とはいえ所詮世の中「売れたもの勝ち」、一大シプレ旋風を巻き起こしたコティは、シプレ前のシプレ系作品を殲滅、シプレ後はすべて「俺が元ネタ」の上から目線で100年以上見続ける金冠を手に入れます。
 
シプレの定義は「ベルガモット(シトラスノート)+パチュリ(ウッディノート)+オークモス&ラブダナム(ベースノート)」。中央のウッディノート部分のバリエーションによって様々なサブジャンルが存在しますが、基本は「酸味があって、むわっとする」のがコティのシプレを鼻祖とするシプレ系の原型です。
 

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そんなコティのシプレ(写真左)は、1980年代までは現役で製造販売されていたものの現在は長らく廃番で、ヴィンテージは世界中のオリジン好きに買い尽くされた上、出物を見つけると争奪戦となるか、または最初から非常に強気の価格で取引されています。当然そんなものはジェントルマンコーナー如きで入手する訳にはいきませんので、かつて実際にコティのシプレを愛用していた方が「これは似ている」「数あるシプレ系の中でこれが一番コティのに近い」と評判の、グラースの老舗香水メーカー、モリナールのシプレ・ドリャンを連れてまいりました。モリナールは1849年創業と来年170周年を迎える家族経営の香水メーカーで、本社のあるグラースでは香水博物館やワークショップ、安価な香りのお土産を売っている一方で、昨今のメゾンフレグランスブームに完全乗り遅れ、ハイエンドシリーズを次々投入するも、なんとなくしまりのないデザインと半端な価格帯でどっちつかずの印象があります。ただモリナールには不世出の傑作、アバニタ(1921/2012年リニューアル)がバリバリ現役で価格も適正、リニューアル版も素晴らしいので、演歌歌手がひとつでもヒット曲を持っていれば一生ドサ廻りで食べていけるのと同じで「モリナールはアバニタさえ真面目に作ってくれていればいい」というのが、一般的なモリナールに対する評価のような気がします。

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シプレ・ドリャン EDT 100ml 限定パッケージ版

シプレ・ドリャン(日本ではシプレ・ド・オリエントとカナ表記されている)は、モリナールのラインナップの中でも手ごろな価格帯の、ローズやアンバーなど単香系シリーズのひとつでしたが、最近そのラインナップがLES ÉLÉMENTS EXCLUSIFSシリーズとして生まれ変わった際に廃番となりました。ちなみにモリナールは1919年に「シプレ」を発売しており、そこから約90年後の登場(そして廃番)で、かなり1919年版オリジナル寄りの香調なのではないかと思います。セキセイインコで言ったら原種並グリーン、魚でいったらシーラカンス級。その位、クラシック度は高めです(ちなみにシプレ・ドリャン廃番後にChypre Charnelという新作が2015年に発売されましたが、香調を見る限りモダンなフローラルシプレ系で、シプレ・ドリャンとは全くの別物のようです)。

 
というのも、このシプレ・ドリャン、総体的な印象が「むわっと酸っぱい」。このむわっとくる酸っぱさが、かつて私が体験してきた戦前のフルーティシプレと完全同一系統で、クセジュ(1925)、コロニー(1938、共にジャン・パトゥ)の酸っぱさと同じものを感じます。立ち上がりのベルガモットとガルバナムが、ガツーン!パチュリが、どわっ!モッシーノートが、もわっ!シプレ・ドリャンはこれらパトゥ品と比較しても近似値を強く見いだせるので、確実に戦前の香りを踏襲しています。オードトワレですがかなりの胸板で、これがまた結構香り持ちもよく、衣類への残り香も強いので、すぐ消えてなくなるジューシーなシトラス系の酸味とは違う、また同じシプレ系統でも戦後60年代後半から70年代に台頭した、オードロシャスやクリスタル、またはもう少し前のプールムッシュウのような、透明度の高いグリーンフローラルの加わったシトラスシプレ系とも異なる、しぶとい香り方をします。その辺がジェントルマンが立ち上がりに感じた「爽やかな香りに隠れて背後に濃厚な何かが潜む」に繋がるのだと思います。ただしこれはハマると癖になる香調で、クラシックなシプレにご興味のある方は、試す価値は充分にあります。決してジェントルマンが密室の空間で感じた酸敗臭ほどの破壊力はありませんので、ご安心ください。
 
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我が家のシプレ・ドリャン
 
昨今のスレンダーでトランスペアレントなシプレではなく、もっと原点に帰った武骨なシプレがいい。酸っぱいのがいい。むわっとしたのがいい。それならシプレ・ドリャンはお奨めです。廃番になってからまだ日が経っていませんが、意外に足が早く、普通に売っていた時は100ml3,000円位で売っていたのが、前述のとおりコティのシプレに似ているという事からこちらも買い尽くされつつありますので、見かけたらそれが出会いと思ってください。よろしくお願いします。
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