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La Parfumerie Tanu

The Essential Guide to Classic and Modern Classic Perfumes

Silences (1978), Two British Independent record labels and the Silence of 1978

今年はパンク・ロックが勃興して40年の節目にあたり、イギリスではセックス・ピストルズにGod Savew The Queenと歌われ、ある意味世界に名を上げたエリザベス女王陛下のお墨付で記念イベントが開催されるそうですが、個人的にはパンクはギリギリリアルタイムではないためあまり思い入れがなく、本格的に洋楽を聴き始めたのがポスト・パンク・ムーヴメント(1977ー1984)からであるため、パンク勃興の2年後にあたる1978年に奇しくも時を同じく創業したインディペンデント・レコード・レーベル、ラフトレード・レコード(ロンドン、1991年破産。ただし2000年に再開、現在はベガーズグループ傘下)とファクトリー・レコード(マンチェスター、1992年破産)の創業40周年にあたる2年後の2018年に、何かしらポストパンクの総括的イベントでもやってくれないか、楽しみにしています。

 
1978年にファクトリーレコードが創業するくだりは、映画「24アワー・パーティー・ピープル」に詳しく描かれているのですが、中でも1番時代を感じるのが、レーベルの創業エピソードに突如登場し、アル中と薬物依存症で42歳の人生を終えるまでが描かれた天才プロデューサー、マーティン・ハネット(1948ー1991)で、登場シーンでハネットはマンチェスターのどこにでもある丘の上でマイクを天高くかざし、ファクトリーの創業者となるトニー・ウィルソン(1950ー2007)が何をやっているのか尋ねたところ「静寂を録音してるんだ」と答えるくだりは、まさに彼の作風を凝縮したようなシーンで、ジョイ・ディヴィジョンを始めザ・ドゥルッティ・コラム、ハッピー・マンデーズなどファクトリーを代表するアーティスト他をプロデュースし、バンドの力量を十二分に引き出し、まるでわしづかみにした静寂を残響と閃光に変換して音に還すようなプロデュース力は、ポストパンクを語る上で外せない存在だといえます。

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マーティン・ハネット(右)、映画より細面。左はバーナード・サムナー(のはず)

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映画「24アワー・パーティピープル」より、マーティン・ハネット役のアンディ・サーキス(「ロード・オブ・ザ・リング」シリーズなどに出演)ご本人より貫禄度5割増

 

さてそんな1978年という年は、アナイス・アナイス(キャシャレル)、マジー・ノワール(ランコム)、ミステアドロシャス(ロシャス)、ホワイトリネン(エスティローダー)、メンズではアザロ・プールオム(アザロ)、そしてメゾンフレグランスの古参、ラルチザン・パフュームのローダンブルやミュールエムスクといった一連の代表作など、現在もロングセラーを続けているものや廃番後もカルト的人気を誇る香りを数多く輩出した「当たり年」ですが、その中で日本では殆ど話題に上らないものの、アメリカやヨーロッパでは発売当時から非常に評価の高い「静寂」「沈黙」の名を持つジャコモのシランスをご紹介します。
 
1960年代後半、NYで出会ったジェームズ・カプラン(米)とジェラール・クルタン(仏)が意気投合し、アートやデザインに傾倒していた二人が作ったファッションブランド、ジャコモ。フレグランスはメンズからスタートし、1970年にオー・センドレ、翌年に初のレディスでありオー・センドレのペアフレグランスであるシカーヌを発売し、いずれも初出にしてはなかなかのヒットだったようですが、ジャコモが香水事業へ転換するきっかけとなったのが、ブランドの代表作となるこのシランスの成功で、大ヒットしたおかげでドーヴィルに自社工場を竣工する迄に至ります。調香はランコムのクリマ(1967)や、シランスと同じ年に生まれたマジーノワール(1978)を手掛けたジェラール・グーピーとジャンクロード・ニールの合作です。

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シランス、ヴィンテージボトル キャップを外して使うタイプ

特徴的な黒い円盤ボトルからひと吹きするや、ドライでビターなガルバナムの強烈な一撃にたじろぐシランスは、グリーンフローラルの王道、ヒヤシンス・アイリス・ジャスミンを中核に、ふくよかなオークモスと端麗なベチバーやシダーが四肢を彩り、やがてとろけるようにクリーミィなサンダルウッドやムスク、アンブレットが包み込み、あの一撃はなかったかのように、静かにやさしく馴染みます。徹頭徹尾ふざけたところがない、しかし余分な気取りもない。そしてこの序破急がまさに王道クラシックと言えましょう。グリーン・フローラルシプレの系譜に深くその名を刻むにふさわしい完成度で、イグレック(1964)、クリマ(1967)、シャマード(1969)やシャネル19番(1971)、のちに続くウール・エクスキーズ('84)と同等に肩を並べる力量は、ひとえに日本ではしっかりとした販路がなかった故に知られざる存在として今に至るのが残念です。理詰めで頭の回転が良く少し冷たそうだけど、相手の心を察すると、何も言わず一番先に寄り添ってくれる、そんな深い思いやりを秘めた静かな女性が目に浮かびます。一番比較対象として挙げられるのが19番ですが、同じグリーン・フローラルシプレながら一番の違いは香りの「人間性」、19番の持つ無言の圧力みたいな譲らない自信と強さが、シランスにはありません。その分、シランスは大事な商談時の後押しのような使い方と言うよりは、その名の通り何も言わずに気を鎮めてくれる、避難場所のような存在にも感じます。

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シランス、キャップとスプレィ口が一体型の2004年版(現在日本で入手可能なボトル)

なお、シランスは38年の歴史の中で一旦廃番となり、半月型のキャップを外すオリジナルボトルデザインから現在のキャップとボトルが一体化したボトルに変わり、2004年に再発した後、2012年には処方変更の上シランス・スブリームと改名し、ロゴもスッキリした活字体に変わりました。リニューアル版の調香は、ニュクスの看板美容オイル、ユイル・プロディジューの香りをフレグランスに昇華したル・パルファム・プロディジュー(2012)や、最近ではジョー・マローンのレア・ティーコレクション6種を手がけたセルジュ・マジョリエですが、なにぶんキャッチコピーが「殆ど変わらない、でもちょっと違う」というそのまんまの内容で、スブリーム版はフローラル部分にスズランが加わり、全体的にガルバナムのシャープ感とシプレノートのコクが丸められ、若干甘みが増したのとアルデヒドを加えたおかげでリフト感がアップしています。しかしスブリーム版はヨーロッパ専売となり現在日本で入手するのはほぼ不可能な上、確かにキャッチコピーの通りリニューアル前とどこが違うか判らないほどの差ですので、今ならまだごく普通に並行輸入品として流通している2004年の再発オリジナル版を並行輸入品店などでお求めになるのをお奨めします(注:国内のオンライン通販などではシランスではなくサイレンスと表記されている場合が殆どなので注意)。
ブランドとしてのジャコモは1995年にフランスの化粧品会社、サルバック・コスメティックスに買収されましたが、サルバック・ジャコモ部門として主要ブランドの座を得ています。残念ながら世界対応の会社ではなく、フランスの地場産業的立ち位置なのか、アジアは勿論、日本にも販路はありません。公式オンラインショップはインターネットのアクセスすら出来ない仕様になっており、唯一facebook上から最近の動向やオンラインショップの様子を知るのみですが、メールでの問合せには丁寧に対応してくれて、旧シランスとシランス・スブリームの違いを知りたい、と聞いたところ、販売できないにもかかわらずスブリーム版のサンプルを送付してくれました。こんなにクオリティも高く至って適正価格の製品を出し、対応も非常に誠意のあるブランドなのに、日本で取り扱いがないのは非常に残念です。