La Parfumerie Tanu

- The Olfactory Amphitheatre -

- The Essential Guide to Classic and Modern Classic Perfumes -

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Yardley English Lavender (1873)*

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「創業1770年」パッケージではそういうことになっている

今から400 年もの昔、若き起業家ジョナサン・ヤードリー**が時の英国王チャールズ1世より王室御用達をいち早く賜り、ロンドンにおける石鹸の独占販売権を獲得。一起業家青年が何をどうやって王室御用達を取り付けたのか、創業店はロンドン大火(1666)で焼失してしまい、香水と石鹸にはラベンダーが確かに使用されていたという事実以外は灰になってしまいましたが、折しもペスト大流行から終息に向けて衛生状態の劣悪だったであろうロンドンで石鹸の独占販売を行うとは、明らかに「儲かりまっせ~」状態だったはずのヤードリー社。それから約1世紀を経た1770年、クリーヴァー家がヤードリー・ロンドンを設立、現在のヤードリー社の歴史はここから始まります。

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現行販売ボトル。ソープはドイツ製に変わり、微妙に平坦な香りとなった

 

「なんといっても王室御用達が当社の自慢」ホームページにもロイヤルワラント特設ページあり  

創業者をしのぐやり手だったクリーヴァー家は事業拡大の上ヤードリー家と婚姻関係を結び、1800年代初頭にはヤードリー社は創業者のヤードリー家がオーナーに戻ります。起業家一族とやり手の一族が手を結び商売繁盛笹持って来いの右肩上がり、折しも時代はビクトリア朝に突入、いけいけどんどんと輸出も開始。1880年、同社がアメリカへ初の輸出を果たしたのが、当然イングリッシュ・ラベンダーシリーズ。中でもラベンダー石鹸は看板中の看板でした。ロイヤルワラント(王室御用達)がものを言い、大英帝国万歳と七つの海を越えオーストラリアなどの植民地をはじめとする世界中へ輸出されたイングリッシュ・ラベンダー・シリーズは、イコール「英国の香り」の代名詞となったのでした。

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エリザベス2世とチャールズ皇太子のロイヤルワラント付。少し前までの製品には
クイーンマザーのワラントまでついていて親子三代のお気に入りだった

 

ヤードリーの香りであると同時に英国の香りとなったこのラベンダー、創業時から最重要香料として常に最大の敬意を払われていましたが、1930年代には植物学者に依頼し、最高の品種を探し求めた結果、幸せはすぐそこにあったと言わんばかりに、地中海原産ながら広くイギリスで栽培されている「イングリッシュ・ラベンダー」ことラヴァンデュラ・アウグスティフォリア種(コモン・ラベンダー、真正ラベンダー)に辿り着き、現在もヤードリーのイングリッシュ・ラベンダー製品へふんだんに利用されています。 

大英帝国崩壊後の1960年代も、ツイッギーを起用して一大キャンペーンを行った結果、ヤードリーのラベンダーは老若男女、新しいジェネレーションにも確かに繋がる人気の香りでしたが、栄華を極めたヤードリー社も時代のすうせいには勝てず、転売に転売を重ね現在の親会社はインド企業(詳細は「香水石鹸の世界」参照)、C.R.クルーズのような年配向け薬局や、ノスタルジー客や英国かぶれの外国人が愛用している位で、ドラッグストアやスーパーなどの英国一般大衆市場ではあまり見かけなくなり、もはやメインストリームのブランドではありません。それでもなおヤードリーと言えばロンドン、英国と言えばヤードリーなのは、そのラベンダー香が、惚れ惚れするほど清浄で、よく言えば愉楽を美徳としない、平たくいって肉感的色気のない高潔な美しさが正しき英国の姿を今なお代弁し、伝説に近い口伝えとなって生き続けているからではないでしょうか。 

さて、そのヤードリー=イングリッシュ・ラベンダーですが、石鹸と甲乙つけがたい人気を誇るのが通称「ラベンダーウォーター」と呼ばれるオードトワレで、石鹸が年々コストダウンで生産地を変える(つい最近産地が変わった現在のラグジュアリーラインの香水石鹸はドイツ産で、天然トリーモス使用の英国産時代からガッツ2割引きのマイルドさがちょっと不満)一方で、このラベンダーウォーターは今でも堂々英国産。ボトルサイズやデザインはファインフレグランスではなくあくまでトイレタリー製品なので定期的に変わりますが、香りとしては石鹸の高潔な清々しさそのもののラベンダー香がユーカリやゼラニウムなどの殺菌系清浄香とともにバーストする瞬間、ラベンダーとブーケをなすジャスミンが高揚を、カモミールが鎮静を同時にもたらし、バニラとパチュリが甘い抱擁となって一気に広がり、一瞬何が起こったか解らなくなる位、美しく高貴な女性の姿が目に浮かぶのですが、それがあまりに一瞬なので、2分もしないうちに全部終わるのが非常に残念です。オードトワレとありますが、持続は下手なオーデコロンより持ちません。すなわち「偉大なる瞬間芸」とも言えるイングリッシュ・ラベンダー、この一瞬が案外中毒性の心地よさなので、つけた持続というよりは今日も、また今日もと一瞬の昇天を楽しむうちに癖になって何百年も売れたのではないでしょうか。つけて人に会う頃には香りが飛んでいるので、この香りは明らかに自分だけの楽しみでしょう。ある意味「イギリス人の最大の弱点は、自分が一番だと思っていることだ」にもつながり、香りで自分の魅力をアピールとか、そういうせこいせちがらい指向には断然フィットしません。でも、それでいいんだ、と思えるくらいこの一瞬は素晴らしいので、是非ご家庭で心身のメンテナンス用に1本お持ちになることをお奨めします。もし外出先などで香りを長持ちさせたいなら、ムエットかハンカチなどに大量に含ませてお持ちになれば多少は頑張ってくれるでしょう。

残念ながら現在は日本での販売がないヤードリーですが、欧米の薬局系・コスメ系オンラインショップは勿論国内でも並行輸入品を扱うショップでは比較的容易に入手可能で、今回C.R.クルーズでも見かけたシリーズと同じラグジュアリーラインが石鹸やタルク、ボディローションなどのバスラインと共に手に入ります。英国内定価はイングリッシュ・ラベンダーオードトワレが50ml£9.99(約1,900円)、125ml£14.99(約2,800円)、並行輸入価格もその3割増程度といたってアフォーダブルです。
 

*発売年・・・香水の年表などでは1873年発売の記載が最古でしたが、ラベンダー香水自体はそれよりもっと古い時代から生産されていました。

**発音表記・・・日本では「ヤードレー」と表記しますが、実際の発音は「ヤードリー(Yard:ヤード + Lee:リー)」となり、日本発売も終了したのでLPTでは原音どおりヤードリーと呼称させていただきました。

 

参考文献 ヤードリー公式ウェブサイト

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