La Parfumerie Tanu

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Chemists in a British small town  : 2. C.R. Clowes & Son, one of the existing UK chemists since Victorian era

2. C.R.Clowes & Son
 

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C.R.Clowes & Son 外観。ガラスを多用したビクトリア朝ならではのデザイン

C.R.Clowes & Son :本年めでたく創業140周年を迎えた、ビクトリア朝の温泉保養地バクストンを代表する薬局。往時はこの店の前を通らずしてバクストンでの所用は済ませられなかったであろう、市内でも交通の要所に所在し、重要文化財指定を受けたビクトリア朝時代の内装はそのままに、現在も家族経営で営業を続けている。調剤薬局であると同時に市販薬や薬局系化粧品、高級グルーミング用品も取扱い、実売重視というよりは高級保養地・バクストンの顔として当時の姿をそのまま残す「時代の生き証人」的存在。香水については、シャネル・ディオール正規代理店。
 
創業140 年の老舗に現地取材とあって、どんなお宝が眠っているか意気揚々と、社長宛に取材依頼と質問表を1ヶ月以上も前にメールするも、受領確認の自動返信が来たっきりで音信不通のクルーズ薬局。事前にそれとなく取材の可否を買い物ついでにご夫妻がローラーをかけてくださったところ、二つ生返事といったところではあったものの「客が来て、店員が声をかけても「見てるだけ」で誰も買わない。商売をしているというよりは博物館のようだ(おじいちゃん情報)」「私の死んだ母が最後に使ってたチャーリー(レブロン、1973)が埃を被って棚に並んでいた(おばあちゃん情報)」とのことで、もしかして、メール見てないのでは…と、同内容の書面を郵送、しかし最後まで返事はありませんでした。
 
9月となり、とりあえずバクストンへ行きましたが、クルーズ薬局にはあえて連絡はせず、ただの客を装って訪問することにしました。店員さんに頼んで社長さんを呼んで貰ったところ、すぐに、いかにも香水には縁の無さそうなただのよれたおじさんが、私の送った手紙を手に奥から出てきました。
 
「メールをくれたそうですが、最近ウェブサイトを新しくして、メールアドレスも変わったものですから、お宅のメールは受け取ってないんですよ。こちらのお手紙を頂戴して、初めて取材のご希望を知ったわけでして」
 
???おかしいな、お宅の名前を検索すると、ウェブサイトはひとつしか出てこなかったし、メール受領の自動返信も来たんですけど…まあ、それは置いといて…
 
「あいにく私どもはただの薬局ですので、香水についてはさっぱりわからないんですよ。確かにシャネルやディオールの正規代理店ではありますが、ロンドンの薬局のように流行を把握して置いているわけではないですし。そういうわけで、目下の売れ筋やロングセラーもさっぱり把握していないんです。ちなみにうちは値引きもいたしません、香水はすべて定価販売です。では」
 
と、すぐに退席されてしまい、まさかの取材終了となりました。この間、僅か2分足らず。日本の客などどうでもいい感半端なかったです。しかし社長より「ご存分に店内をご覧ください、写真もどうぞ」とのご厚意をいただいた(というか消える寸前に許可を得た)ので、そこに居合わせた古参の店員、バーバラさんをつかまえて、話を伺うことにしました。この間、新たな来客なし、買い物したのは私だけ。別段営業妨害にもならなかった、月曜日の昼前という閑古鳥絶叫タイムのひとときでした。

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バーバラさん。寝耳に水の日本人に懇切丁寧なご対応ありがとうございます。右の写真は先代社長

 
バーバラ・スウィンドルハーストさんは先代社長の時代から30年勤務、10年前に定年退職後も週数回手伝いに来ている嘱託のおばさん。香水については「香水の取材なの?ならマクルスフィールド*のブーツに行くといいわ!あそこは品揃えが豊富で、テスター*もちゃんと置いているから」と、よその街にあるよその薬局を大絶賛。
 
バーバラさんが立つカウンターの後ろには、19世紀の調剤風景を今に残す薬草棚や薬草壷がずらりと並んでおり、中でもヒーリング効果のある「マナ」(聖書のManna from Heavenに由来)を見せてもらいました。一見うこんか樹液のからんだ木片のように見えたマナは、乳鉢ですって嗅ぎ薬のように使用したと思われ、既に香りは飛んでしまっており、有難みが伝わってこないのが残念でしたが、リウマチや不治の病を治すため、私財を投じて移り住んだものの、医学的根拠が確立しない水療法が体に合わず苦しんだ湯治客の心の支えとして、こういった確固たる薬効と言うよりはヒーリング系のハーブが重要な役割を果たしていたのでしょうか。

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マナ。ふと思ったが、容器は新しそうですね。明らかに客寄せの展示用?

 
香水やトイレタリーが定価販売のように、市販薬も値引き販売を行っているわけではないので、同じ品物を買うならよほどの物好きでない限り近隣のディスカウント系ドラッグストアや薬品の取り扱いの或るスーパーで購入する客がほとんどで、重要文化財見たさに入ってくるお客さんも、店員が声をかけても「見てるだけです」と答えるのみ、店頭販売品が商売として成り立っているかはまったく不明ですが、C.R.クルーズはNHS(イギリスの国民健康保険)の調剤を受け付けている薬局であり、バックヤードでも若い薬剤師が処方薬と思しき薬を忙しそうに梱包していたので、そもそも店頭販売品の売上には頼っていないのでしょう。目下の売上はバクストンおよびこの薬局の最盛期である1930年代の「せいぜい2~3割だろう(おじいちゃん談)」との事。
 
こうして日々バーバラさんは「このカウンター、無数の細かい傷が入りながらも、つるつると艶光りしているの、わかるかしら?昔はお客様の前で処方したハーブなどをパラフィン紙にのせ、ひとつひとつ折りながら包んで渡していたんだけど、パラフィン紙のワックスが擦れてカウンター表面に移って、蝋引き状態になってつるつるになったのよ」などと物見遊山客に調剤薬の亡骸を見せては往時の調剤方法などを説明しているようで「北ウェールズにも、うちと似たようなすばらしいビクトリア朝時代の調剤薬局が残っているわ。広さはうちの半分くらいだけど、小さな玉手箱のように素敵なの」など同業他社の観光案内もしてくれました。英国ノスタルジア観光客へのサービスの一環なのか、日本のクラシックホテルが系列店でもないのに自分とこのホームページには必ずよそのクラシックホテルが載っているのを思い出しました。
 
*イギリスの薬局は、基本的に香水のテスターは置いていない。デパート系香水はレジの後ろに陳列し、手にとって見ることもできないので、予め買うものが決まっていない客には余り意味のない販売方法をとっている。トイレタリー系の安価な香水も手に取れるもののテスターはなし。
 
*マクルスフィールド:バクストンに隣接する、隣県チェシャーの商業地。バクストンから市バスで30分ほど。商業施設の規模としてはバクストンより大きく、富裕層が多く住む。
 
【C.R.Clowes取り扱い香水詳録】
 
シャネル:専用ショーケース(3段)あり、ただし取り出しは店員側からなので、顧客が手にとって見ることはできない。当然テスターもなし。

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横はガーゼハンカチ…上は昔入院すると必ず持ち込んだ化粧鏡…イギリスに昭和を見る

 
◎となりがハンカチコーナーと、かなりぞんざい
上段はすべて5番。外箱のおでこど真ん中にがっつり値札シールが張られ、ちょっとがっかり。もちろん定価。ほとんどEDTだがEDP(50ml)・P(7.5mlフラコン)もワンサイズあり。
中段はチャンスとココマドモアゼル、チャンスは今年の新作オーヴィーヴも取り扱いしていたためイギリスでも人気があるようで、まったくの化石状態で販売している風でもなかった。
下段は中段と同じくココマドにココとアリュール。ショーケース裏側に若干メンズのボトルもあった。イギリスでは2014年にパルファムも後追いで出たココヌワールはなし。
◎不思議なことに19番はひとつも店頭にない。もちろん19プードレもなし。イギリスでは人気がないのか?
 
《備考》シャネル製品の価格は昨今の円安も手伝い、現在は日本のほうがかなり安い。5番香水7.5mlは£99.95(≒19,000円、VAT込)と国内価格税込16,200円の約2割弱高い。これは、税抜価格に換算すると、イギリスのVAT(付加価値税、日本の消費税に当たる)は現在20%なので税抜£83.29(≒15,825円)となり、現在消費税が8%である国内税抜価格15,000円から若干高い程度で、シャネルの世界的流通価格を厳密に管理している(=地域格差が余りなく、どこで買っても値段が同じ。ディオールも同様)裏返しとも言える。
 
カウンター上部:いわゆる日本のデパート系レディス香水が並んでいる。ちなみに最上段はメンズ。近作はほとんどない。このあたりが、イギリス地方都市における最大公約数的定番香水ともいえる。

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レディスフレグランスのラインナップ。若い人が見ても全然盛り上がらなそう。全部定価だし

 
ビクトリア朝の陳列棚に「とりあえず置きました」な、そのすきっ歯的陳列なんですか、な品揃えだが、若い客はほとんど来なさそうな店なので、比較的年配の方が定番として長らく使っているか、知名度として浸透し終わった最大公約数をとっているのではないかと思しきラインナップ。日本の売れ筋との違いに注目、 日本未発売または販売終了品多数。しかしながら資生堂やコーセー、アルビオンなど契約メーカー品を数種置いているのが関の山な日本の薬局および化粧品店に比べれば、地方都市に店を構える個人経営の薬局としてはかなりの充実っぷりに目を見張る。
 
◎最上段:ヨープ、ヒューゴ・ボス、クーロスなどヨーロッパではど定番のメンズフレグランス。
◎2段目:アナイス・アナイス(キャシャレル/2列)、エンジェル(T・ミュグレー/2列)、ビー・デリシャス(ダナ・キャラン)、ビューティフル(E・ローダー)、1881プールファム(セルッティ)、CK one(C・クライン)、ディオレッセンス、ディオリッシモ、ドルチェ・ヴィータ、ミスディオール・オリジナル(各ディオール)、エタニティ(C・クライン)、イーデン(キャシャレル)、ファーレンハイト(ディオール)。
◎3段目:フィジー(ギラロッシュ)、ハッピー(クリニーク)、ジュルビアン(ウォルト)、ジャドールEDP(ディオール)、ジャンポールゴルチェ・クラシック(同)、ノウイング(E・ローダー)、ロードイッセイ(イッセイミヤケ)、銘柄不明(ラ・ペルラ)。
◎4段目:ルル(キャシャレル)、マダム・ロシャス(ロシャス)、モダンミューズ(E・ローダー)、ニナ(ニナリッチ)、オーウィ(ランコム)、オスカーデラレンタ(同)、プレジャーズ(E・ローダー)。
◎5段目:プワゾン、ヒプノティックプワゾン(各ディオール)、リヴゴーシュ(YSL)、トレゾァ(ランコム)、ホワイトリネン、ユースデュー(各E・ローダー、ユースデューは2列)。
 
《備考》さすがにディオール正規販売店らしく、40種程度しかない取扱銘柄のうち2割がディオール。エスティローダーも世界企業だけにイギリスでも定番化しているが、モダンミューズ以外はすべて欧米で殿堂入の香りばかりで、日本発売品とはかなり趣が違う。特に日本販売終了したノウイングは欧米で俄然人気が衰えず、外国人観光客向けに成田や羽田でも必ず置いている。またヨーロッパでは大衆ブランドとして未だに強いキャシャレルも、80年代のヨーロッパで最も売れたアナイスアナイスとルルは当然玉座を譲らず、そこに過去の2傑をしのぐヒット作、ノア(1998)、アモールアモール(2003)やその一族ではなく、発売後20年を経過した一発屋、イーデン(1994)が続く所に、マーケティングではなく認知度で置いている様子が伺える。ちなみにデュッセルドルフ空港でもイーデンは結構スペースをとって陳列されていた。イーデンの、フュテュール(ロベール・ピゲ)の現代版解釈のような、全身義体みたいに人工的な香りのどこにヨーロッパ人をそれほど惹きつける魅力があるのか、今のところ理解不能。そういえばディオールと同じLVMH系列のゲラン品がないが、契約の問題?
 
トイレタリー製品:クラブツリー&イヴリン(米) をメインに英国といえばラベンダーウォーターのヤードリーは勿論、ブロンリー、ロジェガレ(仏)、4711と言ったど定番の品揃え。

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王室御用達のヤードリーより実は米国発祥の「なんちゃってイギリス」ブランド、クラブツリーのほうが格上

《備考》この辺りのラインは、日本でもデパートや専門店にはあるがチェーン系ドラッグストアや大手スーパーでは置いていないように、イギリスでも大手チェーン系薬局やスーパーでは余り取り扱いがなく、デパート系ブランド品よりは手ごろとはいえ、全般的に安価な割にラインナップが充実しているイギリスのスーパー・ドラッグストアPB系トイレタリーに比べ、かなり高価な部類にはいるため、CRクルーズのような老舗薬局が高級トイレタリー専門店の役目も兼ねている。ヤードリーについては、創業が17世紀と400年の歴史を誇る老舗中の老舗であり、ヤードリーの代名詞とも言えるラベンダーウォーターや香水石鹸は20世紀を過ぎても社の名声を欲しいままにしていたが、1960年代のピークを境に古き良き英国の香りとして、現在は専らノスタルジア客専用といった存在で、生産もラベンダーウォーター(オードトワレ)は相変わらず英国産だが、3年前の香水石鹸特集では天然トリーモス香料使用の純英国産だった石鹸はドイツ産に変わり、トリーモスも使用されておらず、原原料の安価化が進んでいる様子。
 
次回、イギリスを代表する信頼の薬局チェーン店、ブーツをご紹介!
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