L'Air du Temps (1949) and a blurred memory of scents in mid Showa era
レール・デュタンは、パルファム・ニナ・リッチの押しも押されぬ代表作で、 日本における戦後の舶来香水としても外すことのできない名香だと思います。調香はランテルディ、バガリの他に同じくニナ・リッチではカプリッチも手掛けた戦後のアルデヒド・マスター、フランソワ・ファブロンで、ファブロンとしても商業的な成功という点でも代表作となるでしょう。日本でもパルファム・ニナ・リッチ・ジャポンが撤退した後、フィッツが代理店となり、その後川辺に移りEDTだけが継続販売されて いますが、本国では今でもきちんとパルファムやバスラインも販売されています。
ニナ・リッチは昭和の時代、デパートなどの香水売場での一般規格とは別に、免税店限定で他商品とのセットや同一ラインのコフレを数多く発売し、また国内価格と比較して値頃感(お得感)も高く、売り場面積も多く取っていたため、相手の好みは二の次で海外土産に買われるブランド�・１だったのではないかと思います。確かに、実家では亡父が貿易商を営んでいたため、取引先への手土産として、相手がお酒を飲むか香水を使うかは関係なく、男性へは洋酒「ナポレオン」、女性には香水「ニナリッチ」、と決めていたらしく、ストックが切れたら父は必ず出張時に買い足していました。ちなみに今、オークションなどで毎日星の数ほどレール・デュタンが出品されているのは、免税土産で貰ったけれど、そもそも香水は興味ない、といった「タンスの肥やし」が中心と思われますが、その量たるや、いかに流通していたかがわかりますし、その為状態の良い手つかずのボトルが易々と入手できますので、ラリックのクリスタルボトルにこだわらなければ、2~30年前の、しっかり昔ながらのムスクが香る未使用品のレール・デュタンが数千円もせずに、パルファムでも手に入ります。
お得な免税限定品は、パルファム・ニナ・リッチがプッチに買収され、大々的に方向転換 した時点（90年代後半)で終息し、現在はレール・デュタンに現行ニナ、プルミエジュールなど近作のミニボトルセットが香水売り場の隅っこにひっそり置かれている程度で、 今のお若い方はニナ・リッチが戦後からバブル勃興までの30年余り、国内外を席巻していた事など知る由もないのではないでしょうか。控えめで出過ぎないけれど、すぐにそれとわかるニナリッチの香調は、シャネルやゲランは主張が強すぎて使いこなせないといった購買層にも支持され、日本の香粧品にも多大な影響を与えたのは、資生堂など国産メーカーが発売した昭和の香りからも明白で、一人の専属調香師がテーマに沿って作り上げるの ではなく、開発チームが綿密な市場調査を元に、広く大衆に愛される香りを作って来た昭和時代の資生堂の香りには、どこかしらニナリッチの影響が見え隠れしているという事は、市場調査でニナ・リッチの香調が広く愛されていたことがはじき出されての結果だと思います。
肝心の香りは、カーネーションを主軸にしたふくよかで柔らかいフローラルで、ガーデニアの甘さやローズのさわやかさがまろやかにまじりあいます。他のニナ・リッチの香りと同じく、香りが主役ではなく、美しいのはあくまで香りをつけているその人そのもの、と思わせ、しかも女性は真綿のように清らかで美しい生き物だ、と世の中に暗示をかけ続けるような一貫した方向性は変わりませんが、他の香りのように「香りがその人になりきってくれる」 ような肌馴染みはせず、誰がつけてもレール・デュタンとわかります。ヴィンテージではカーネーションの持つスパイシーなクローヴ香や、生花の渋みもきちんとアクセントになっており、EDTでも表情が豊かですがパルファムではさらに緻密な面立ちを感じます。現行品はどちらかというと、レール・デュタンの他人が嗅いだ時の印象-甘くて柔らかい-に特化した記憶スケッチのようで、随分香調がシンプルに感じます。どちらも充分良い香りですが、カーネーションのスパイシーな後押しが欲しい方は状態の良い「タンスの肥やし」を探してヴィンテージを、自分ではなく誰かがつけていた良い香りの記憶で今、レール・デュタンをつけたいなら、現行品がお奨めで、2004年ごろに製造されたパルファムのテスターボトル(30ml)が、倒産品やデッドストックも扱うような古物商兼並行輸入通販店・オークションのストア出品などで安く出回って いますので、ぜひお探し下さい。
オードトワレ 60ml、パルファム15ml 当時のニナリッチ品は時代により様々なパッケージで販売された
