La Parfumerie Tanu

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Liu (1929/2006)

Liu (1929/2006)

ジャック・ゲラン謹製、世界大恐慌の年に登場したゲラン珠玉のフローラル・アルデヒド、リウの2006年復刻版EDPです。ゲランBAさんも堂々「化合物の香りです」と紹介するほどアルデヒドもりもりで、こちらは現在パリジェンヌ・コレクションとして、ポワール(香水吹き)が付属した125mlビーボトルに収められ、日本では帝国ホテルのゲランブティックのみ取扱いがあります(大丸東京店等でも期間限定で購入可能な場合もあるようです)。ちなみにリウは1980年代に廃番、1994年にも一度復刻しており、その際は300本限定復刻で当時ゲランに務めていたロジャ・ダヴ氏が担当し、その後一般市場向けにも再発されたようです。

プッチーニのオペラ、トゥーランドットの登場人物で、自らの命を持って主人公・カラフ王子を慕い尽くす女奴隷リウをモチーフに描かれたこの香りは、そういう裏打ちをすべて外して言えば、当時世界中を席巻していたシャネル5番の完全なる追随者であり、実際ジャック・ゲランも「うちでもアルデヒドやるべかー」といって作ったとも言われており、5番の影響下に作られたのはどう香っても否定できないのですが、5番との決定的な違いは「淫靡この上ない」影を感じる所で、5番よりもジャスミンの存在が強く、このジャスミン特有の生臭さをもって、内腿に滲んだ生々しい湿り気を、清廉な純愛の仮面に隠して寄りそう女の後ろめたさが非常によく描けています。5番には、後ろめたい部分など微塵もなく、相手の目を真っ向正面から見つめる強い自尊心を感じますが、リウの場合は対峙というよりは、一歩下がってどこまでも影の如く寄り添っているけれど、どこかに後ろめたい淫靡な念が見え隠れしているので、この辺が5番の近似値でしかないはずなのに、リウが忘れ難い印象を残す所以かもしれません。ゲランの名香の中ではその模倣性から限りなくB級に近い作品で、メインストリームには残れなかったものの、一方で中毒性のある壮大な淫翳礼讃に信奉者も多く、細々と廃番と復刻を繰り返しているのもうなづけます。マイナーチェンジを重ねて、実は時代に合わせて普遍性をアジャストしている5番と違い、廃番と復刻の狭間でぶつ切れに再登場しているリウは、いい塩梅で時もとめて過去を背負っているので、5番よりもクラシック感が強いのも醍醐味です。

21世紀も十数年を重ねた今、5番を含むフローラル・アルデヒド系という香系が絶滅危惧種であり、またこういう精神性を人にも香りにも見出す機会は潰えたに等しい中、リウがこれからもコレクションに残り続ける可能性は低いのですが、もし帝国ホテルに行く機会があるなら、脇目も振らず一度は体験して欲しいと思います。

古い歌ですが、奥村チヨの「恋の奴隷」を思い出します。悪い時はどうぞぶってね。あちらもこちらも主人公は、女奴隷。しかも、どちらもまさに「恋の奴隷」です。

2006年版パリジェンヌシリーズEDP

 

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