La Parfumerie Tanu

The Essential Guide to Classic and Modern Classic Perfumes

Puredistance M (2010)

Puredistance M (2010)

アイに続き2010年末に発売された2種のうち、エムは現行ラインナップとしては唯一メンズになり、17.5mlボトルの面立ちも口径の太い弾丸を思わせるいぶし銀、いきなりこのボトルが机の上などに転がっていたら、一瞬何なのかわからないかもしれません。私も初めて手にした時はベーターカプセルかと思いました(赤いボタンはついていませんが…)。 

エム17.5mlと別売のレザーケース。このシルバーがD86っぽい

ベーターカプセル。このグリーンが昭和っぽい

かの007ことジェームズ・ボンドが乗るボンドカー、グレイのアストン・マーチンD86にインスパイアされたというエム、他3点はA・ブザンティアンが調香していますが、エムだけはお馴染みロジャ・ダヴ氏が担当しています。ハロッズ内にあるロジャ・ダヴ・オートパフューマリーでアイを販売していたご縁でフォス社長がダヴ氏に調香を依頼した所快諾、ちょうどロジャ・パルファムもトリロジーを2007年に満を持して発表後、更なるラインナップに意欲満々の上り調子だったかと思いますが、御多分に漏れず彼の作品は基本的にクラシックへのオマージュが根幹となっているため、このエムも戦前のコティやパトゥ、特にロリガンやディヴィーヌ・フォリーの、底に沈むようなどっしりとしたベースノートの塊に包み込まれるような、深いオリエンタルレザーシプレです。トップノートのベルガモットやレモン、ジャスミンやローズは殆ど主張せず、バニラムスクとレザーがシナモン等の甘美なスパイスとラブダナムやパチュリ、ベチバー、モス類(オークモス、ツリーモスと言わない所が、この香りが将来持続可能であるという良心を感じます)といった王道のシプレベースに乗って、肌表面で吸いつくように香ります。コロンやトワレが主流のメンズにしては珍しいパルファム濃度で、香り立ちは至って控えめ。近年の大手ではキャロンのプールアンノム、エルメスのテールドエルメスあたりがパルファム濃度を出しているものの、どちらも頼まずとも声高な「高濃度爽やか系」であるのに対し、エムはアイと同じく超接近戦仕様で、肌の上を嗅ぐとじわじわと香気が涌いているのに、相手から20�pも離れれば全く香りません。レザーはそれほど強くなく、総革張りの後部座席に沈み込むような錯覚に陥るというよりは、端正に香りづけされた、冷たく滑らかな極上の皮手袋で頬や首筋を撫でられているような、陶酔感のある香気です。

男性用ですが、メンズ香特有のこれみよがしなトニック臭やしつこいシトラスがない為、女性でも渋めのオリエンタル・シプレとして、さすがにオフタイムのコーディネイトでは香りに負けてしまうと思いますが、ミニマムなドレスやスーツなどは、確信犯的にキマると思います。個人的には、年齢のいった女性の方がまといやすく、男性はそれこそ経験値を問われる香りだと思うので、ジェームズ・ボンドみたいな男性に普段生きててまずお目にかからないように、こういう香りを日常楽しめて、かつお似合いになる男性は、人も精子も薄口になった現代高文明社会にどれだけ残存しているのか疑問で、特にここ日本は残念ながら射程範囲外ではないかと思われます。