La Parfumerie Tanu

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Apercu (1925/2000), the fall and rebirth of Hougibant

Apercu (1925/2000), the fall and rebirth of Hougibant

1775年に創業したウビガンの華々しい歴史は、近代香水を紹介する際に外せない序章で、マリー・アントワネットも顧客だったと言われ、2010年ロジャ・ダヴ監修により2度目の復刻を遂げたフジェール・ロワイヤル(1882)や、アルデヒドが初めて使われた香水として歴史に名を刻んだケルク・フルール(1912)など話題には事欠かず、ウビガン社の香水はクラシック香水ファンなら一度は手にしたいと思うものですが、現在のウビガンがどういう存在なのかはあまり知られていません。

1980年代に入ってもウビガンはチャオ、ルーテス、ラフィネ、デミジュールなど個性的な香りを生み出してきましたが、累積赤字が膨らみ遂に1993年、5,250万米ドルの負債を抱え破産します。その後、新興企業であるルネッサンス・コスメティック社に既出のウビガン製品12種を、ブランド名を変えずに販売させる契約を結び、再起を図ります。この際、ウビガンはルネッサンス社に処方まで売却してしまいます。

ところがこのルネッサンス社は、ウビガンの名前が欲しかっただけの功利的な企業で、ウビガンと販売契約後、1994年から早速12の名香を「水増し」処方に変え、ドラッグストアやディスカウンターに投売りしていきます。それを見たウビガンは幾度となくルネッサンスを告発し、訴訟を起こしますが、結局はそのルネッサンスも1996年に創業者が急死した後は業績が失速し1999年に倒産、香水ディスカウンターに資産を二束三文で買収され、ウビガンも遂にはルネッサンス社の保険会社まで訴える事になり、ルネッサンス社は跡形もなく消滅します。しかし、その時点で既にウビガン社という香水商はもはや存在せず、残ったのはオリジナルとはかけ離れた処方で生産された香水の首にかける事を合法的に許された「老舗の看板」という、眩いばかりの栄光がもたらした強い影だけでした。

その後、古くはタブーやカヌーなど自社も多数名作を輩出するものの、経営形態も二転三転し安物ブランドに零落したスペイン起点のブランドで、ルネッサンス社倒産後の後継会社、ニュー・ダナ社がライセンスを取得、自社製品にまでウビガンの冠をつけて販売するようになり、ごく一部の商品を除き欧米のドラッグストアにて安価に流通させていきます。最近ではニュー・ダナもライセンスを売却し、シャンテリーなどはルネッサンス社→ニュー・ダナ社のラインナップを継承したダナ・クラシックが、更にはファイブスターのようなダナより「安い」製造元が生産しているものもあります(ラフィネ、ルーテスなど)。その「ごく一部の商品」とは、ウビガンが最後まで処方を手放さなかったといわれるケルク・フルールと、今回紹介するアペルスュです。

クレア・フレグランス社に製造委託した「正調」ケルク・フルールとアペルスュは、他のライセンス品と比較して格段に価格が保持されており、2000年にアペルスュが復刻した際も、アメリカではバーグドルフ・グッドマンやノードストロムなどの高級百貨店に販路を絞り、高級感に傷がつかないよう努力していたようです。現在は廃番ですので、現行品であるケルク・フルールに比べれば多少の値崩れはしているものの、ディスカウンターに流れたにしては随分高い価格でデッドストックが流通しています。近年ウビガンは没落ブランド建直し専門(?) 経営コンサルタント、RDPRグループのコンサルティングをもとに 1)販路を思い切り絞り価格統制と差別化の徹底 2)香水マニアの視線誘導と囲い込み(フジェール・ロワイヤル復刻)3)公式ウェブサイトの充実で世界対応 4)厳選イメージ戦略に則り満を持して新作発売、という定型4段論法で見事プレステージブランドへと返り咲いたのは周知のとおりです。

アペルスュはケルク・フルールに比べたら話題性としては雲泥の差ですが、初めてアルデヒドを使った(それも微量)という以外、香り自体何か決定的なインパクトがあるかというと返答に困るケルク・フルールに比べ、ベルガモットやレモンなどのシトラスやグリーンノート、シナモンやクローヴなどのスパイスでガツンとビターシャープに始まり、ほどなくジャスミンやゼラニウム、イランイランなどの甘いフローラルがオークモスやサンダルウッド、パチュリに支えられる、コティのシプレをルーツとする球足の速いフルーティ・シプレであるアペルスュは、主張が強くて近寄りがたいと思っていた美しい女性が、打ち解けると自分にだけどんどん懐っこい優しさや家庭的な温かさを見せてくれて、最後には出会いの衝撃を忘れてしまう程、美しいハッピーエンドが味わえる、ウビガンの印象的な裏真打といえましょう。

濃度はパルファム・オードパルファムの2種ですが、どちらも持続はそれほど変わりません。EDPとしては多少持ちの良いほうで、パルファムとしては軽い方です。EDPと比較してパルファムはミドルのフラワリーな部分が充実してり、一方でトップのすっぱい一撃もまろやかなので、展開をより楽しむには EDP、シプレの中の充実したフローラルノートを楽しむにはパルファムがお奨めです。ただしパルファムは海外でも相当手困難ですので、出物があったら出会いを大切にした方が良いかもしれません。

奇しくも1925年には同じ系統のクセジュがジャン・パトウより発売されますが、いつも不安と隣合せのようなクセジュに比べたら、アペルスュはよほど安心してつけられますし、ミドル以降は大変肌馴染が良く、肌に鼻を近づけると酸味が残っていても、包み込む香気は大変まろやかで、自分の体臭はこんなによかったかと錯覚する様な柔らかい香り立ちが長持ちしますので、往年の名香が持つ香りの層がきちんとあることが分かります。オリジナルのアペルスュは見たこともありませんが、良く復刻できている方ではないかと思います。

ちなみにアペルスュは、1980年にウビガンが発売したチャオの原型といわれ、55年も経過してなお自社のアーカイヴからその時代に合うものを出してくる引出しの多さには驚きを覚えたものです。ウビガンの香りの中でもかなり過小評価されているほうだと思いますので、是非入手可能なうちにお試しいただきたいものの一つです。

  

アペルスュ パルファムボトル

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